「マイケル・ジャクソン」
なんと不思議な存在であろう。
彼は病んでいた。
そして、その死に、私も衝撃を覚えた。
彼のスキャンダルは、彼の歌声や踊りと同じくらいに、
人々を注目させた。
一番、わかりやすいのが、
彼の容貌である。
アフリカ系アメリカ人である彼は、当然ながら、
縮れた髪と浅黒い皮膚を持っていた。
ある映画を観た時に、ヨーロッパ系アメリカ人で白い皮膚をもつ夫妻が
アフリカ系アメリカ人を養子にした。
その裁判において、
「子供の髪の毛の手入れ方法は、どこで学びましたか。」
と弁護士がその夫婦に質問を行った。
私は、縮れた髪の手入れが特殊なものだとは知らなかったので、
非常に、驚いた。
マイケルの容貌が大きく変貌し始めたのは、
いつ頃であろうか。
まず、彼の最大の劣等感である、
顔の真ん中にずっしりと座り込んでいる鼻が
すっきりとなった。
それだけで、彼の顔は、大きく変わった。
それからは、妹のジャネット・ジャクソンと
同じ整形外科医であることもあり、
二人の顔は、よく似た人工的な顔立ちとなっていた。
けれど、一番驚いたのは、
皮膚の色である。
黒い皮膚が消えて、白くなっていた。
それは、顔だけに限らず、
首・手・胸までもある。
それを、新生「マイケル・ジャクソン」と呼ぶには、
非常に抵抗があった。
若いころの何とも言えない愛らしい彼と
人工的な顔を手を入れた彼は、
別人格のように思われた。
容姿をいじれば、いじるほど、
彼から良いものが消えていく気がした。
私は、それが本当に切なくなるほど、残念だ。
ボン・ジョビが年を重ねるたびに、
さらにクールになってくるのとは、
相反していた。
それと同時に
子供に対する執着心が
大きく取り上げられた。
彼の一番大事な歌声や切れのいい踊りは、
取り上げられなくなった。
「スリラー」を観た時の衝撃は、
いまだに新鮮なままである。
映画仕立てに制作されたPVは、
すぐれたものだった。
マイケルの才能を100%活かしていた。
「少林寺サッカー」でもパロディとして使用されていた。
一つの大きな時代をつくったマイケルだった。
いつも、一番に位置づけられていたマイケルは、
本当は劣等感の塊ではなかったのか、
と思えてならない。
我々は、大きな大きな才能を失った。
そして、その痛みは、
今後、じわじわと感じることになるだろう。
その時に、何を後悔するだろうか。