敬称略にしています。
最初に視聴者やテレビ関係者に目につくためには、スタイルを決めた方が楽である。
例えば、小島よしお。下着姿1枚で、『そんなの関係ねぇ』と繰り返す。正直言うと、何がいいのか、わからない。けれど、記憶に残りやすい。こんな例を挙げれば、きりがない。波田陽区も、ギター侍と称して、着流しの着物姿で、『残念!』などと叫ぶ。ヒロシも、まるで【サタデーナイトフィーバー】のジョン・トラボルタが着ていたようなスーツ姿で、甘いBGMを流し、貧乏ネタを話す。最もわかりやすいのが、ハードゲイである。特殊な服装を着て、腰を振り続ける。ある番組でビートたけし、『芸でも何でもないじゃん。』と言っていたが、その通りである。しかし、奇をてらった動作は、何度も言うが覚えやすいし、特にこんな単純な動きは、子供に受ける。また、お笑いと言う世界が奇をてらった動作を好む。力技である。
しかし、次が問題である。世の中に出るために、スタイルを決めた方が楽であるが、そのネタは、2番目のネタで、1番目のネタは、次のために、残しておく必要がある。視聴者は、飽きやすい。だから、消えていくのだ。
例えば、ダウンタウン。彼らには、スタイルがない。浜田が高級なカジュアルスタイルで、松本がスーツ姿。これは、別に逆でも、かまわない。彼らの笑いの質には、何ら影響がない。
島田紳助。スーツ姿が多いが、特に決まった言葉を繰り返すわけでもない。特徴を言えば、経済ネタが強いが、彼が持っている才能のほんの一部に過ぎない。
彼らは、スタイルがないのだ。スタイルを決める必要もない。それは、何故か。力があるから。
クリームシチューの上田は、司会をよく勤めている。彼は、博学を売りにしている。多分、彼の司会は、視聴者もスタッフも安心して観ていられるだろう。けれど、それが、おもしろいかと問われれば、答えはノーである。
すでに引退してしまったが、博学のお笑いとして上岡龍太郎がいた。上岡も司会が上手かった。
けれど、彼は霊感商法というものに、かなりのこだわりを持っていた。YouTubeでも映像が残っているので、興味がある人は観てほしい。『探偵ナイトスクープ』では、そのことで怒り、途中で帰ってしまった。司会は、上手いが、何を言うかわからない、そんなおもしろい、ワクワクしたものを持っていた。特に、彼の正義感は、日本人のそれとは、かけ離れていた。私は彼から、学んだことがあった。それは、また、別の機会で書きたい。
上田には、それがない。ただ、視聴者とスタッフを安心させるだけ。あるいは、逆に言えば、安心して任せられるお笑いの人材が不足しているということなのだろう。
お笑いにも、ただ、単純な動きだけではなく、情緒が必要だと私は考える。最初は、いい。単純な動きは、目をひくから。お笑いでも残っている人は、情緒を含んだ笑いがある。スタイルを決めて、今、テレビに出ているお笑いの人たちも、ここを打破して欲しいと、切に願う。