その相手は、彼女が自分の日記を読んだことなぞ、
思いもよらない。
『やぁ。』
相手は、軽い挨拶をした。
平田は、お互いに遠距離だし、他に好きな人がいたとしても、おかしくない、
そんな風に切り出した。
相手は、あっさり認めた。
『実は、他につきあっている人がいるんだ。
ごめん。』
『わかった。ほな、私とは、終わりやね。』
『悪い。平田さんには、世話になった。
本当にそう思っているんだ。』
多分、それが、一番正直な気持ちであろう、と私は思った。
『もぅ、ええわ。帰って。』
彼は、何も言わずに、席を立って、店を出た。
彼が注文したコーヒーが、
テーブルにひとつ飲まれる相手もなく、所在なく残った。
私は彼女の席に移った。
『平田、えらかった。』
『あの人の、足の引きずる姿、見たら、何にも言えへんようになってしもた。』
『うん、わかるわ。』
彼女たちの関係の始まりも、彼のその姿にあったのだ。
その相手と平田と知り合った当時、彼は童貞であった。
彼は、自分の童貞を捨てたかった。
それで、平田に初めての相手になってくれと、申し出たのだ。
『平田さんだったら、経験もあり、受け入れてくれそうだったから。』
相手は、平田にそう言ったらしい。
平田も彼のその姿に同情したし、それに多少なりとも、好意を持っていた。
そんな風な始まりで、彼らは何度も寝た。
本当に不自然な始まりである。
お互いが愛し合っていたわけではない。
『すっきりしたわ。』
平田はそう言ったが、気落ちしていることは、わかった。
『店、出よ。』
私は、そう言うと立ち上がった。
こんな店に、長居は無用である。