私には、精神を病む友人がいた。
(以前のブログサイトから読んでくださる方は、重複してごめんなさい。)
その頃、彼女にとって、私とのつきあいは、かけがいのないものであった。
そのせいで、私は、その種の本を何冊か読むことになった。
精神疾患は、大きく二つに分かれるということも、わかった。
それは、質と量に分かれるというのである。
躁鬱病や、何とか強迫症は、量の病気である。
一般的な人よりも、量が多いのである。
手を何回も洗わないと汚れた感じがしてしまう人は、
人よりも、その回数が多いだけである。
鍵をかけているのかどうか、不安である。
一度、確認する。それでも、不安で、また、確認する。何度も繰り返す。
こういう量の病気は、確実に治る。
治療を受ければ、量を加減することができる。
それに比べて、質の病気は、治療が難しい。
代表的な病気は、業界でエスと呼ばれる、精神分裂症が、それであるらしい。
私の友人は、精神分裂症ではなかったが、質的な病名であった。
例えば、外からダメージを受けた場合に、
それが内側に向うタイプと外側に向うタイプに分けられる。
こんな結果になったのは、自分に問題があるからだと考えるのが、
内向的なタイプである。
そうではなく、相手に対して、攻撃的な態度ないし思想を持つタイプが
外向的なタイプである。
私の友人は、外向的な方であった。
彼女以外の私の周りの友人は、彼女のことを『怖い』と言った。
相手に対して、攻撃的な態度ないし思想を持ち、
なおかつ、精神のバランスが壊れていると聞くと多くの人は、
ヒステリックな人物を思い浮かべるかもしれない。
しかし、彼女は、そうではなかった。
静かに、攻撃的な態度を示す。
そこには、凄みがあった。
さらに、しつこく、責める。
いつまでも、続くかとに思えるくらいに、彼女は、長々と相手を責める。
それが、私の周りの人間に『怖い』と言わせしめたところである。
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私は今、定期的にひきこもりの青年にパソコンを教えています。
私は、彼が、他人よりも外に出る機会が少ないと考えています。
要するに量の問題です。
もちろん、その背景には多くの難しい問題が含まれています。
それに、少しずつ、私に馴染んでくれています。
帰ろうとすると、『質問があったんや。』と引きとめようとします。
私の雇い主である彼の祖母は、私に驚いたように言いました。
『あの子、よぉ、あの部屋にアンタを入れたなぁ。
家族でも、ほんまに、滅多に入れへんのや。』
私は、彼に個人的な質問はほとんどしません。
本人が話してくれるまで、根気よく待つタイプです。
誰だって、触れられたくない問題を抱えて生きているのです。
その青年もボチボチと話してくれています。
『ほとんど、学校行ってへんからなぁ。
いろいろな出来事があったんや。
僕の口からよぉ、言わんから、また、機会があったら、家族から聞いて。』
彼の祖母から事情をききました。
思っていた通りで、いじめにあって、
教師も知らん顔だったそうです。
そうして、5年近くも家に引きこもっているのです。
彼にとって、外とつながる人間は、今のところ、私だけです。
ただ、心配なのは、
多分、ほとんどのひきこもりの子供たちがそうかもしれないですが、
基礎学力ができていないのです。
漢字が書けない、英語が書けない、英語の意味がほとんどわからない、
という現実です。
数学の因数分解も理解していない可能性があります。
これでは、生活していく能力がないです。
家の中にひきこもっているので、
筋肉も全然、ついていません。
彼のことを心配しているのは、祖母だけです。
彼の母親は、まるで、子供の存在を忘れているかのようです。
実は、この環境は、
私の精神のバランスを壊した友人と似通っています。
漢字や英語、数学を一緒に勉強しています。
テキストを購入してきて、一からです。
地道な道のりです。