喫茶店は、その会社から、歩いて5分くらいのところであった。
わかりやすい場所にある。
私が店に入っていくと、ドアが見える位置に座っていた私の友人の平田が、
私に向って、手を上げた。
『加藤(私の名前)、ここ、ここ。』
私は、その席に近づいて行った。
彼は振り向いて、私を見た。
立ち上がり、またしても、私のコートを後ろから脱がせた。
この行為は、私をいたたまれなくさせた。
これは、彼の望む形であって、
私が望むそれではない。
確かに、多かれ少なかれ人間関係においては、
どちらかが、残りの一方の価値観に合わせなければならない。
オーケー、それは、私も理解できる。
けれど、どうしても譲れない点もあるのだ。
私は、本当は、こんなことをして欲しくはないのである。


私と彼は、いすに座った。
『どうやった。』
平田が、私に訊いた。
『うーん。多分、アカンと思う。』
『どうして。』彼が言った。
『仮に合格しても、私は、あそこで、よぉ働くことはできへんと思う。』
『どうして。』彼は、さらに、訊いた。
『人事部長さんが、興味があるんは、私とZさんの関係みたい。
 何回もしつこく、しつこく、訊かれました。
 要するに、私がZさんと深い関係にあって、
 それを利用して、コネを使って、会社に入ろうとしてると思てはるみたい。』
私は正直に答えた。
彼は、怒り出した。
『冗談じゃない。手も握ったこともない女なんだ。』
それは、私に対するあてつけのようにも、私には聞こえた。
これだけ尽くしているのに、手も握らせない。
『ちゃんと、僕の方から、説明をするよ。
 だから、心配しなくて、いい。』
不快感は、彼からは、去らなかった。
結構、顔に出すタイプである。
『いいんです。
 申し訳ないんですけど、このお話、断ってもらえませんか。
 本当に、ごめんなさい。
 仮に入社しても、私もつらいだけや、と思うんです。』
『わかった。
 別の会社をさがしてみるよ。』
『いいです。
 結局、どこでも、そない思われるんです。
 ほんまに、ごめんなさい。』
彼は、黙った。
彼にとって、私が上京することは、大きな喜びであった。
それが、壊れてしまった。
私にしても、彼の努力が実らなかったことは、
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいであった。


彼は、気を取り直して、夕食を取りに行こう、と提案した。
私は、断ろうと決めていた。
『ごめんなさい。
 今日は、これでホテルに戻ります。
 何や、疲れました。』
これ以上、一緒にいることは、つらかった。
彼は、残念そうであったが、無理強いはしなかった。
平田も、私の横で、黙って聞いていた。
彼は、レシートを持って、入り口に向った。
その時は、潔かった。
私と平田は、喫茶店に残された。