面接の前に、彼は、ランチを一緒にとろう、と言った。
彼は、目黒にあるフレンチレストランに、予約を取ってくれていた。
季節は、冬になっている。
待ち合わせの目黒駅に行くと、すでに、彼は待っていた。
スーツを着ていた。
ご自慢の銀座であつらえた冬物のスーツである。
いい生地であることは、すぐにわかった。
彼の言うところの、どぶねずみ色のスーツだ。
けれど、すっきりとしたデザインで、彼に合っていた。
初めて会った時の印象とまったく違う。
いかにも仕事のできそうな男の顔であった。
フト、私は、「この人は、他人に頭を下げることができることができるのだろうか。」
と疑問を感じた。
営業の仕事は、確かにどれだけ自分のペースに相手を巻き込むことができるか、
が勝負である。
しかし、頭を下げるという行為も、とても多いはずだ。


そのフレンチレストランでは、常連なのであろう。
彼が名前を言わなくとも、店の人がやって来て、名前で呼んだ。
彼は、私の後ろにそっと立って、私のコートを脱がせた。
私は、一瞬、びっくりした。当然だろう。
彼は、『いいんだよ。』と優しく声をかけた。
そして、コート掛けにかけてくれた。
彼は、私の友人の平田には、同じことをしなかった。
平田は、自分でコートを脱いで、自分でコート掛けにかけた。