『それじゃ、いけないって言う人がいてね。
 父の友人が、今の会社に入社するように手配してくれたんだ。
 ”お金の問題じゃない。人間、働かなきゃダメだ。”なんて、
 必死に説得されて、仕方ないよね。』
彼は、今までの人生の一部を私に話し続けた。
彼のお母さんは、芸術家で、外国から招待されて、海外へ行く機会が多かった。
彼も、それに同行して、一緒に海外へ行った。
そこで、レディーファーストを覚えたらしい。
『すごく、格好よく、思えてね。
 ヨシ、完全に身につけよう、と行動パターンをつかんだりして。』
そういう家庭環境で育ったのであれば、
確かに、会社員の生活は、余りにもお粗末なのかもしれない。
それでいて、その母親の仕事を受け継がなかった。
彼の美的感覚も、母親の影響をかなり受けていることも、わかる。
だからこそ、私のような、くせのある人間を好むのだ。


彼は、余り、しつこく、私のことは質問はしなかった。
多分、そういう行為をいやがる女性が多い、と言うことも知っているのであろう。
私は、田舎が余り好きではなく、
東京に住みたいと考えていると、話した。
彼は、一瞬、顔が明るくなった。
『僕が力になれることであれば、何でもするよ。』
確かに、彼は、私の力になってくれた。
結果として、実らなかったとしても。


関西は、どこの町も水の多いところである。
私の田舎も例に漏れず、その一つである。
彼は、私に言った。
『僕の知り合いで、版画家がいてね。
 川の町ばかりを描いているんだ。
 確か、あなたの町もあった、と思うから、今度、送るよ。』
『いえ、いいです。
 そんなこと、せんどいてください。』
『僕が、したいんだ。』
強引な口調である。
それは、彼の容貌と合っていて、
私は、それ以上、彼の言葉に逆らうことは、できなかった。