私が、恋愛感情を持ちえる男性は、極めて限定的であった。
その範囲は、かなり狭い。
Zは、その範囲には入らなかった。
それは、非常に直感的であり、出会った瞬間に、
私には、わかるのだ。
見た目がいいとか、悪いとかは、まったく、関係ない。
もちろん、見た目は、いい方がいいに、決まっている。
しかし、それが、判断基準の全てでは、ない。
また、知り合って、分かり合えば、好きになるという類の、
ものでもない。
馬鹿げていると思われるかもしれないが、
どうすることも、できないのだ。


初めて会ったZに、私があんな話をしたのも、
彼に何かを感じたことは、認める。
けれど、時間がたったとしても、
私は彼に恋愛感情を抱くことは、できない。


ゴッホの絵の前から離れる私に、彼は、まだ横に並んでいた。
私は、ホテルで具合が悪く寝ている友人のために、
絵葉書を買っていた。
彼は、その間も、私の後ろで、待っていた。
『これから、予定はありますか?』
彼は、私に尋ねた。
『別の美術館に行きます。』
『じゃ、渋谷のBUNKAMURAに、行きませんか?
 ○○展がありますよ。
 本当は、あなたと一緒にお茶でも飲もうと思っていたのですが、
 絵を観た方がいい。』
多分、私が断ったとしても、
彼は、私が行く美術館について来るだろう。
『わかりました。』
適当なところで、別れれば、いいのだ。
それから、彼は、改めて、
私の関西のイントネーションに気がついたように、
『関西出身?』と訊いてきた。
『はい。』
『旅行?それとも、東京に住んでいるの?』
『旅行です。』
私たちは、山手線に乗って、移動していた。
タクシーよりも、そっちの方が早いと彼が言ったのだ。
私は、ホテルで寝ている友人がいることを話した。
そして、夕食までには、帰る必要があると伝えた。
彼は、一日中、私と一緒にいたい様子であったが、
さすがに、それは、私は遠慮してほしかった。


BUNKAMURAは、人であふれていた。
遠巻きでしか、絵を観ることができない。
それでも、彼は、一生懸命、私に話しかけてきた。
その後、私たちは、近くの喫茶店でお茶を飲んだ。
彼はコーヒーを、私はミルクティーを注文した。