『カサブランカ・ダンディ』で書いた
ダンディズムを感じる男性についても、「線からはずれた人」であった。
仮にZとする。
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Zは、大学生の時から、京都の舞妓に入れあげ、
毎週のように、東京と京都を往復していた。
ご存知の通り、京都の御茶屋は、「いちげんさんお断り」の世界である。
そう言うところに出入りできる家の環境である。
そして、20代後半まで、働かなかった。
見かねたZの父親の友人が、Zのために東証一部上場会社の就職を世話した。
Zは、サラリーマンである自分を、嫌っていた。
サラリーマンのようなつまらない人種とつきあわなければならない、
そんな自分が、嫌でたまらないようであった。
だから、精一杯の反抗は、
会社員が絶対着ないような、銀座の一流店でスーツをしつらえ、
それらを着こなすことであった。
彼にとっては、給料は、意味のないものであった。
別に働かなくてはならないような環境では、ないのだ。
そういう類の多くの人間がそうであるように、
彼も完璧主義で、しかも、それを私に当てはめようとした。
私は、一度、彼のことを試した。
私が考えているような人間かどうかと言うことである。
それは、的確に当たった。
彼が、私に恋愛感情さえ抱いていなければ、
私たちは、いい友人になれたと思う。
本来ならば、私はこんな風に「線からはずれた人間」は、好きなのだから。
でも、それは、恋愛感情には、つながらない。