今日でこっちの学校の卒業式まであと60日。
短いようで長いような、そんな不思議な気分です。
さてEmiliaの話後篇。
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そのあとも授業では隣に座ってペアワークをやったり、
休み時間にちょこっと話したりしてた。
Emiliaは社交的かつ多趣味な子で、なにかと忙しそうだった。
隣町に住むおじいさんにも毎週末会いに行ってたため、土日は遊べなかったし、
急にアコーディオン始めて、アコーディオン学校に持って来て、学校帰りにレッスンへ行ったり。
いつも笑ってるように見えるけど、ときどきすごい寂しそうな顔もしていた。
Emiliaは、同い年だけど私みたいに大学生ではない。
彼女は高校を出てすぐにポーランドに来た。
この前書いたように、ポーランド語でおじいさんと会話ができるようになるために。
大学生じゃないけど、たくさんの本を色々な言語で読むから、彼女の知識量はすごかった。
政治の話もよくしてたし(私は政治に疎いから話聞くだけだったけど)、現代社会について興味があるようだった。
Emiliaの夢はアルゼンチンに住んで、劇団に関わる仕事をすることだった。
高校の時にアルゼンチンに行ったときに非常に気に入ったんだそうな。
そして劇団については、現代社会の問題を反映させた限りなくノンフィクションに近い劇をやりたいんだということだった。
役者としてではなく、オーガナイザーとして。
そのためにポーランドの学校は半期で卒業し、まずはスペインに渡って学校に通いながら劇団でボランティアをしたい、とも話していた。
Emiliaを知れば知るほど、私は自分の小ささを知ることになった。
言語が6つも話せて、知識量は豊富で、好きなことを将来の夢にするために努力している。
臆することなく、「夢はあるけど、10年後の自分が何してるかなんて嘘でも言えないよ」と言う。
内心、彼女の才能や環境に少し嫉妬していたけど、それ以上に尊敬していた。
私もEmiliaみたいになりたいなぁ、と。
もちろん、多言語話者としての不便さや、夢を追うリスクや苦悩もあると思う。
でも、そんな純粋に、しかも同い年でやりたいことを頑張っているEmiliaに素直に感心した。
ポーランド語全然わからなくて(全ては日本での怠惰な生活が原因なわけだが)、
すごく落ち込んで学校行きたくないって思ってたときも、Emiliaに会えるから、っていう理由で休まず学校にも行けた。なんか違う気がするけど。
それくらいEmiliaの存在は私のモチベーションを上げてくれたし、心の支えでもあった。
半期で卒業する人たちの卒業式が、2カ月少し前くらいにあった。
卒業式の前日も2人でご飯を食べ、卒業式の日もカフェに一緒に行ってご飯を食べた。
そのときは本当に寂しいっていう気持ちはなぜか感じられなかった。寂しかったけど。
最後に「また会おうね!元気でね!」と言って、少し涙目で笑いながら別れた。
今、隣にEmiliaはいない。
同じ教室にすら、いない。
後期が始まったとき心細さを感じた。消しゴムを貸す相手もいない。
新しいクラスメートたちも良い人たちだけど、Emiliaはいない。
レベルが上がって本当につらかった時に、Emiliaのことを思い出した。
私が言語に対する劣等感の愚痴を言うと、Emiliaは決まって私を励ましてくれた。
「undeuxは大丈夫だよ!自身持って(`・ω・´)」
その言葉を反芻して、辛い時期も乗り越えられました。一重にEmiliaの存在のおかげ。
ポーランド語を選んだことを後悔した時期もあった。
なんでこんな難しい言語、しかも将来も使っていけるかわからないものを選んでしまったんだろう。
留学に来て私はなにを学べるんだろう、って。
でも、Emiliaに会えただけでも私の留学の意味はあったと思う。本当に刺激を受けた。
彼女がポーランドに来てたのも本当に偶然だし、時期が重なって同じクラスで出会えて本当によかった。
次に会えるのは夏かもしれないし、何年もあとになるかもしれないし、もう会えないかもしれない。
Emiliaも、私のことを忘れてしまうかもしれない。
でも私は忘れたくない。この気持ちを大事にしようと思う。
留学を通して得られたうちの一つ。
日本にいたら出会えなかった、素晴らしい人に出会えたこと。