『春、出逢い』
宮田愛萌 作 講談社 2024月8月
新春早々の読書ノートがあまりにも重たかったので、今回は高校生が主人公の青春譚をお届けする。
作者は、女性アイドルグループ日向坂46の元メンバーであり、日向坂を卒業した2023年に作家としてデビューした後は、こちらに軸足をおいて活動をしている……と書いてしまえば、アイドルが何かの伝手で自分の書いたものを出版してもらったのかと穿った目で見てしまう人も多いだろう。いや実は私自身がそうであった。だが、この作品はそれだけに納まっていなかったことを知る。この作品は一昨年の夏に刊行されているが、その翌年のとある関東の私立中学校の入試問題として採用されたのである。出版されてからわずか半年のことである。より正確に言えば、入試が半年後だっただけであり、問題作成はそれ以前に行われるため、出版されてからすぐに中学校の先生たちの目に留まった作品ということになる。刊行後すぐに「入試問題にしよう」と思ってもらえる作品とはいったいどんな作品なのか、とても興味が湧き、手に取ったのである。
東京都立櫓門高等学校文芸部は存続の危機に直面しており、その部長となった善徳紅乃は部員集めに奮闘する。そして、初心者ながらも何とか集まった部員たちと、夏に開催される短歌甲子園の出場を目指すことになる。本作品は、6人の部員の視線で各章語られた連作となっている。
この作品は高校生にありがちな恋愛要素を排除し、ひたすら短歌に向き合う部員たちを描いている。ここまで部活(短歌)に没頭できる高校生たちは読んでいて本当にすがすがしい。そのすがすがしさは短歌甲子園に出場した場面に、より顕著に表れる。短歌甲子園では対戦相手のチームと課題に即した短歌を詠み合い、審査員による質疑応答が行われ、総合的な審査により勝敗が決まるシステムとなっている。チームでありながら補欠のため、壇上には上がれない応援側の選手が自分のチームだけでなく、相手チームが詠んだ歌に対しても決して否定的な感想を持っていない。つまり、己のチームだけでなく、相手チームの短歌も共に良いところを彼らなりに評価しているのである。ここまで徹底して「否定しない」ということのすがすがしさ。更に言えば、読者が短歌について詳しくなくても、短歌がどういうものであるのか、かえって深く知ることができる。それだけでも、この作品を手に取った価値があるというものである。否定がないというだけで、作品の中に爽やかな風が存分に吹きぬけていく。「すがすがしさ」という言葉はこの作品のためにあるのではないかと感じた。しかし、否定はしないけれど、登場人物のそれぞれが悔しい思いをしたり、反省をしたり、意見を交わし合う場面は多分に出てくる。その中で印象に残った言葉がある。「今の私たちがここで詠める最高の歌を詠んで負けたから悔いはないはずなのに悔しい(p208)」。ここに等身大の高校生の全てが凝縮されているように感じた。
そして、「短歌」。部員や対戦相手の歌が随所に記される。しかも、古典で学んだ短歌ではない。物語とは言え、今を生きる若者の歌である。だからこそ、読者も歌に共感でき、また詠んだ人に対しての思いを馳せることも可能である。
なるほど、青春の真っただ中を突き進む高校生と「短歌」。その入り口に差し掛かる受験生である小学6年生にとっては、それだけで大きなメッセージになることであろう。入試問題として採用される理由がこの作品にはきちんとあった。この作品を出版と同時にいち早く子ども達に伝えるべき作品と見抜いた中学校の先生方に脱帽である。
関西地区では中学入試の統一解禁日は1月17日、関東地区は2月1日である。この作品を今年も採用する学校があって欲しいなと思うと同時に、中学受験をする子ども達にエールを送りたい。
文責 木村綾子