京都で、着物暮らし

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『ソローニュの森』
田村尚子 写真・文 医学書院 2012年

本書はフランスにあるラ・ボルド病院を撮影した写真集で、かつ著者がそこでの様子を文章にまとめたものである。この病院は、ラカン派の精神分析医のジャン・ウリ先生によって1951年に開設された精神科病院である。今日精神科病院という意味で使用されている「asylum」という語は「安全な場所、避難所、聖域」という意味をもともとは示し、本院はそのようになることを目指して設立された。そして、今も尚、「制度を使った精神療法」(制度的精神療法)の分野で、重要なモデルケースとなっており、病院の機能を動かしていく上で患者たちが自身のできることでそれに参加する自由を与えられているという革新的な精神科病院である。

著者と本院を創設したウリ先生は講演会が開催された京都で出会っている。一緒に知恩院などの寺社を巡り、そしてその後本院への滞在を得ることが出来たと本書で綴っている。また、本院での患者さんたちを個別に綴っているページが幾つもあるが、患者さんひとりひとりの生い立ちは千差万別であり、そして今を生きる姿もそれぞれであり、だからと言ってそれを強調する訳でもなく、ただたんたんとそれらを織り込みながら、今そこにある患者の日常が記されていた。

写真は、患者のみをクローズアップされたものではなく、本院の敷地内、建物の一部、そして本院に集う動物たちすら被写体になっており、恐らく何の前知識もなく、これらの画像を見せられたら、決して精神科病院に関連するものであるということは想像することは難しいだろう。どちらかというと、フランスののどかな田舎な風景や人々を切り取った写真集ではないかとすら思ってしまう。実際に著者はウリ先生に対して、このような手紙を滞在後に送っている。「ラ・ボルドからパリに戻ったとき、私はなぜか『社会の檻の中に戻ってしまった』と感じたのです。初めてのラ・ボルドは、病院というよりもひとつの国のようでした。人々が押し出されてしまった世界とはまったく違う『時間』が流れ、そこには違う『眼=触れること』が照らし出されてくることがあったように思います」(p40)。

著者が感じた本院は間違いなく精神科病院の理想形ではないかと思う。しかし、ここに至る道のりは決して容易ではなかったことを示す著者の一文がある。「ラ・ボルドは1953年に創設された。以前いた病院の多くの患者さんを連れて放浪の末にたどり着いた場所だと聞いている」(p38)。フランスの精神科医療の歴史を鑑みた時、ヨーロッパでは比較的早い段階の1830年代に精神保健法の前身となる法律が施行され、欧米において大きな影響力をあたえているものの、1960年代に入り、欧米各国が病院中心の精神医療から、地域への移行する「脱施設化」の流れの中、精神科病院を地域精神医療の帰還センターとして残し、精神科病院は地域精神医療の担い手として位置づけられた。そのため、今も精神科病棟を多く残している。精神科病棟が決して悪いという訳ではない。病棟の存在を継続させるか否かは、その国の文化や社会情勢が大きく影響する。その国のそれらのものを加味しながら精神科病棟の存在は決めていく必要があると思っている。しかし、今からかれこれ半世紀以上前の精神科病棟を想像して欲しい。決してそこには今ほど「人権」という言葉とは程遠い世界があったであろうということが想像つく。これらの歴史や現在の社会情勢を踏まえた上で、やはり本院は理想形であり、これからも精神科病院の在り方をけん引する病院であった欲しいと本書を手にして切に願った。

=========文責 木村綾子