うん、人の趣味はそれぞれだし、犯罪とかでなければいいんじゃないかな、と困惑する脳内を宥めていると、ちょっと、と軽く、あくまでも軽く胸元をグーで小突かれた。 


「ちょっと、人をそんなに残念なものを見て尚且つ理解を示すような哀れみめいた顔するのやめてくれる?」
 

 うわあ、頭の中覗かれた? いや、俺が顔に出すぎただけか。すまん。

 

 いえ、すみません、先輩。 


「そんな顔してませんよ」 


「いいや、してたね」
 

 目の前の女性は、メイクだけでは決してない赤い頬で照れと羞恥が混じったような顔で怒っている。 


「いやでも先輩、イケてますよ。めっちゃ可愛いです!」
 

 俺が親指を立ててイイねポーズをすると、うげぇ、と心底嫌そうな顔になって舌を出した。

 

 周りがざわざわし始めたので彼女ははっとして俺に背を向けようとする。 


「……会社にばらさないでよ?」 


「了解です!」
 

 大げさに敬礼してみせると、更にうへぇ、と眉をしかめて走り去っていった。 


「いやでもマジで……いいかも」
 

 後姿を見送りながら、ひゅう、と口笛が出た。

 

 ギャップ萌え、なんて今どき裏の顔の一つや二つあるだろうし、そんな大したことないだろうと思っていた過去の俺を殴りたい。
 

 オタクの友達に誘われてアニメイベントなるものにやってきたのだが、初めて遭遇する世界は面白かった。

 

 俺はそれなりに漫画もアニメも見るけれど、特別何かにハマったり特定の推しがいたりはしない。

 

 そこでトイレから出てきたところをお約束みたいにぶつかりそうになったのが、ピンクが基調のフリフリのレースがふんだんに使われたラブリーな衣装を着た女の子で、何事もなければ気づかずにおおロリータとかいうやつか、いや可愛いやん、と見送れたんだろうけど、残念ながら素の状態の知人を見た彼女の方が動揺して、俺の名前を口走ってしまったのだ。

 

 それが会社の先輩だった。

 

 知的でクールビューティー、いわゆるしごでき女子で会社では一目置かれているが、人は見かけによらないもんだ。

 

 さりげなく撮影に応じる様子を見ていると、近くにいる人が先輩のSNSを教えてくれて、それを見る限りラブリー系のコスプレをすることが多いようで、そうか、こういう可愛いファッションが好きなんだな、と納得した。

 

 そして、こうやって好きなものを存分に出来るっていいな、と感心した。

 

 きっと休み明けの彼女は生き生きしているだろう。エネルギーを充電したように。

 

 そして俺は、そんな彼女を目で追ってしまうだろう。

 

 そんな予感がした。





      fin