死神が来た。
 

 ついにこの時が来たのかと思った。

 

 長く続く体調不良に観念して病院を受診すると、予想通り大きめの病気が見つかった。手術とその後の治療で体力も気力も奪われ、希望が薄れていく。

 

 楽しい、と心から思える日が再び来るなんて、想像すら出来なくなって。

 

 深夜、浅い眠りにいつものように無理矢理覚醒を促されると、窓際に浮かぶシルエット。黒ずくめの人のような影が見えた。


「ひっ……!」

 

 動揺して声が漏れる。生きている実感も弱いのに、それでも幽霊などの未知の存在が怖いと思う自分に、内心呆れたような嘲笑も浮かぶ。


「だ、誰……?」

 

 いつまでも消える気配がないのでつい声をかけてしまった。気づかない振りで狸寝入りも出来ず。


「あ、あの……わたし、死神です」
 

 ああ、やっぱり。


「俺を迎えに来たの?」
 

 急に冷静になってきた。随分とおどおどした死神だったが、死神に逢ったことなどないのだから、勝手にイメージしていたデフォルトの死神じゃないだけなのかもしれない。

 

 すると、死神はパッと顔を上げた。黒いフードのついたマントから、少し顔が見える。窓の外から僅かに溢れる光に照らされたのは、意外なほど幼さの残る、少女のように見えた。


「ち、違います! あの、部屋を、部屋を間違えてしまって……」
 

 ここは病院。いつお迎えが来るかわからない重病人もいるだろう。


「もしかして、意外とうっかりな死神なのかな」
 

 などと、自分もうっかり失言してしまった。死神はびくっと肩を震わせぐずぐずと泣き始めた。 


「そ、そうなんです。わたし、全然仕事が出来なくて、もう死神もクビになっちゃうんです。最後の仕事だからちゃんとしたかったのに、ああ、なんて駄目なんだろう、わたし」
 

 ちょっと同情してきた。死神の世界にもクビとかあるのか。俺が病気になってゆっくり治療に専念してと、やんわり退職を勧められたことと被って胸が痛んだ。 


「きっと君はやさしすぎて向いてないんだよ、転職したらいいよ」
 

 何で死神を慰めてるんだろう、と思いながら、それはどこか自分に言い聞かせているようでもある。 


「そうでしょうか」 


「うん。俺は別の死神が迎えに来るかもしれないけどね」
 

 自嘲気味に言うと死神はきょとんとした。


「あなたはまだ死にませんよ、着実に健康になっています」 


「え」
 

 それって、と聞き返そうとした時には、もう死神の姿はどこにもなかった。

 

 退院する日、何かに呼ばれたように通ったことのない病棟を覗いてみた。そこは産科の新生児室だった。

 

 そこに真っ白な姿の、死神だった少女が新しい命を祝福していた。 


「……そうか、君は天使になったんだね」
 

 きっと天職に違いない。






      fin