存在こそが一番重要なのです。

モーセがホレブの山で神さまに出会った時、神さまは「わたしはある」と名乗られました。存在を主張されたのだと思います。

イエスさまの教えの中にも存在こそが大切だという意味にとれる言葉が出てきているようです。

神さまの存在を心から認め、自分自身の存在を確認し、他人の存在を大切にするということが、神さまが人間に教えていることのように思えます。

十戒を読み直してみると、そう読めないでしょうか。

神さまが存在していることを認め、神さまによって自分自身の存在も成り立っていると信じられる人は神さまの真の子どもとして認められるということになりそうです。

人間同士が存在を認めあえるという状況が幸福ということかもしれません。