選民思想を持っていたであろうユダヤ人が、ローマ帝国に支配されている状況は屈辱だったかもしれません。ユダヤ人は強い指導者が現れ、ローマ帝国から解放されることを望んでいたのでしょうが、イエスさまの言う解放はそうではなかったようです。
イザヤ書61章に、こんな預言(神さまの言葉)があります。
主なる神の霊が私に臨んだ。
主が私に油を注いだからである。
苦しむ人に良い知らせを伝えるため
主が私を遣わされた。
心の打ち砕かれた人を包み
捕らわれ人に自由を
つながれている人に解放を告げるために。
これはイエスさまのことを示しています。
しかも「御国の福音はあらゆる民への証として全世界に宣べ伝えられる」(マタイ24:14)というのですから、ユダヤ人が選ばれた民として特別扱いされて救われるのではなく、ただ全世界の人を救うためにイエスさまが来られたということだったのです。マタイがこのことをちゃんと理解したのはいつなのかわかりませんが、この福音書を書くときにはこれまでもやもやっとしていたものが一掃されていたことだと思います。