神が存在していることを信じていますか?
と問いかけられたら、どう答えるでしょう。
人間が勝手に作り上げたものだとか、
そんな非科学的な話は信じるに値しないとか、
いろんな意見はあるでしょうが、
正月や祭礼の時には、神社に詣で、
お守りを購入して、身の安全を願い、
厄年や七五三、結婚など節目には祈祷を受け、
葬式や法事には僧侶を呼び、
と、結構普段から神に頼っている私たちがいます。
霊の存在を信じていますか?
と、問いかけられたどうでしょう。
そんな馬鹿なものは信じないと一笑できるでしょうか。
彼岸には墓参し、葬式の時は天国をイメージし、
自分の死後に行く場所を気にしていたりします。
神や霊が本当に存在するのかどうか議論しても
おそらく答えは出ないでしょうし、確かめる方法もありません。
どれだけ科学が進んだとしても、分からないものなのでしょう。
自分自身に理解できない存在、理解できない世界があって、
その存在を信じるかどうかだけが重要だということになります。
その時、自分の今いる場がすべてではなく、何か理由があって、今この場にいるという理解をすることになります。
辛い状況であっても、そう理解することで、光が見えることがあります。
辛い状況ばかりが目に付くので、神を信じても何もいいことがないじゃないか、と主張する人がいます。
おそらく神が自分を特別扱いすることを望み、神をそのような存在だと考えるからそうなってしまいます。
もう少し広い視野で考えると違ったように見えるのかもしれません。
神や霊といった存在については考えてもわからないことばかりです。
どれだけ考えても答えは出ないでしょう。
しかし、一度深く考えてみると、自分の存在意義を理解する助けになるようにも思います。
あらゆる出来事が意味を持ち、あらゆる難局に前向きになれるかもしれません。