藤堂陽子の夫、剛は刑事課の窓際族だった。
取り立てて世間の注目を集めないような難事件に回されることが多い。
難事件といっても、重大な犯罪ではなく、微罪か家出人捜索ぐらい。
今回は珍しく少し派手目の事件だった。
資材卸売会社の事務員が、出会い系サイトで出会った相手に刺されたという。
といってもこの事務員、出会い自体が目的ではなく、サイトから支給されるポイントが目当てだった。
多数の男に同文のメールをばら撒き、返信メールの数に応じたポイントを受け取る。
ポイントがある程度貯まると、換金できるシステムだった。
出会い系サイトは近年、登録者の低年齢化が進み、青少年の犯罪被害が急増したため、年齢確認の徹底などの条例ができ、楽しむ大人たちには不自由になってきたという。
大人同士の利用ならば何ら問題もないのだろうが、未成年者が関わってくると、世間の風当たりも強い。
取り締まりにも限界があるので、実際は野放し状態だが、会社名やサイト名がコロコロ変わるため、いざ事件が起きると、解決には時間と労力が必要だった。
家宅捜索した事務所は既に空き家状態。放置されていたパソコンの中に残っていたデータから、何人かの参考人を探し出し、話を聞く。
その程度の捜査しかできない。
データが残っていた利用者の1人、丈二という男にアドバイスを求めた。
サイトの利用はここだけではないらしく、結構派手にやっている。
だが、犯罪のニオイのない男だった。
妙にあっけらかんとしている。
同じマンションに住んでいるというのも話を聞くのに丁度良かった。
ただ、男に話を聞くのは筋違いのような気がした。
出会い系サイトなのだから、男の会員は男には興味がない。当たり前の話だ。
だが、藤堂は丈二を通じて、出会い系サイトで知り合った女からの情報を得ようとしていた。
最初は渋っていた丈二だが、少しずつ情報をくれた。
藤堂が思っていた以上に、丈二という男は情報収集が上手かった。
さり気なく情報を入手する手口。私立探偵でも始めてはどうか?そう提案してみたぐらいだ。
捜査が行き詰まり、これからどうしようかと悩んでいたある日、藤堂は何気なく散歩に出た。
署の近くの公園のベンチに腰をおろし、タバコに火を点けようとして手を止める。
「おっと、ここは吸っても良かったっけ?」
周囲を見渡す。
最近は野外でも禁煙の場所が多くなって、チェーンスモーカーの藤堂には肩身が狭い。
「野外で副流煙の影響なんてホントにあるのか?潔癖症なんだろうな、これを考えたヤツは」
独り言で毒づいた。
タバコを仕舞い、考えを巡らせる。
「あの事務員、何で会おうって気になったんだろう。それに被害者なのに詳しいことを話そうとしないし」
いくら考えても答えの出ない疑問だった。
被害者の孝枝という女は隠していることが多すぎた。
男から貢物をせしめたというが、それらしい品物は見当たらない。
どこまでが本当の話なのか…。
男は本当にいたのか…。
次から次へと疑問が出てくる。
結局、軽傷で済んだことから、署長や部長もそれほどこの事件に熱心ではない。
もともとヒマを持て余している藤堂には、丁度良い事件だが、行き詰まっていた。
「丈二クンに期待するか」
大きく欠伸をしてベンチを立つ。
何気なく通りに目をやったその時、アウディの助手席に乗った妻、葉子の横顔が目に飛び込んできた。
呆然と車を目で追う藤堂の携帯が鳴った。