東原香織の夫は高校の数学教師だった。
50代になったというのに、昇進には縁がない。
「受験の点取りのコツ指導」と自分の仕事のことを割り切っている。
県内でも有数の進学校で、女子高から共学になって3年目。女生徒の割合が70%近い。
自宅から50kmも離れた学校へ車で通勤している。
朝6時には家を出て、帰りは20時を過ぎることがほとんどだ。
遅くに出来た息子に愛情は持っているようだが、あまりかまう事はない。
土日は休みのはずなのに学校へ行く。
補習授業だとか模擬試験だとか言って出て行く。
不満もないが、満足感・充足感も味あわせてもらえていないと思う。
香織も40間近とはいえ女性だ。性欲も人並みには、いや人並み以上にある。
夜の交わりも、息子が生れてから途絶えたままだから、もう3年もないことになる。
「マル高」ギリギリの出産で産んだ息子への愛情は香織の方が勝っていると思うが、
それは夫が望んだから産んだだけで、香織が子供を欲しがった訳ではない。
子供が生まれれば家庭を顧みるようになるかと少しは期待していたが、その期待は裏切られた。
子供が生まれる前に、浮気をしたことがある。
相手は夫の職場の後輩で、教師になって3年という若い男だった。
香織が初めての女となり、いろいろと手ほどきもした。
愛撫のしかたから挿入までの手順、終わってからの女への気配りなど、かなり事細かに教えた。
それが却って仇になり、別の女に走らせる結果となった。
その男と別れてからも、不倫のチャンスを窺ったが、そうそう都合の良い相手はいない。
一度、夫の携帯をこっそりチェックした時に見つけた出会い系サイトのPRメールをコピーして保存し、
自分で登録したのが出会い系との出会いだった。
そのサイトでは出会いに至らず、インターネットの検索で見つけたサイトを転々とした。
手ごたえのないサイトを数件体験して、「無料」とか「キャッシュバック」というキャッチコピーのあるサイトは役に立たないという結論に達した。
香織がたどり着いたのは掲示板とブログを併用したサイト。
双方がOKした場合に互いのアドレスがサイトから通知される。
申し込みのアプローチをした側が費用を負担するというシステムだった。
相手はなかなか見つからなかったが、見つかった場合には確実に会えた。
ただ、真面目なサイトだけに、登録者も真面目で、
不倫とか割り切りの関係を求めている人間が稀なのが問題だった。
そんな中にいた貴重な相手が丈二だった。
丈二も複数のサイトを渡り歩いてきたらしく、確実な出会いを求めて、真面目なサイトに潜り込んでいたのだ。
出し惜しみするように焦らしてから会った。
ただ、丈二には香織の目論見は見通されていたようだった。
行きずりのつもりで会ってみたが、次の機会を自分から作りたくなるほどの歓びを感じてしまった。
それなのに、会ったあと、アドレス交換を忘れた。
サイトを通じてのメールは相手に負担をかけるので、できれば避けたい。
ただ、頻繁に機会を設けるには子供が障害になった。
夜はやはり難しい。仕事にかこつけるにも、それ程頻繁にはできない。
「次からは昼間を考えよう」
そう思っていた矢先だった。サイトに丈二からメールが届いたのは。
待ってましたとばかりにアドレス交換を申し出た。
自分のアドレスを送れば、向こうから直接メールが来るだろうと思った。
すぐに返信はあった。
アドレスもわかった。
しかし、次回の約束について丈二は触れなかった。