小学生よ、警報を! | 「ニュースあんだすたん?!」@あっ!とおどろく放送局

小学生よ、警報を!

こんにちは。神宮司です。

今回のテーマは「小学生よ、警報を!」です。

このところ不審人物から受ける小学生、小学校の被害が激増しています。
子供達の両親はどうしているでしょうか?
父兄や、近隣で設営される自警団の数も増え、公式の組織ではない組織、自治体のパトロールも
一般的なことになってきています。
(以前、神宮司は「あんだすたん」の中で防犯カメラについて触れたことがあります。
カメラだってあれからもちろん増えつづけています。)
ですが、今、必要とされているのは
「親がいかに子供を守るか?」
ではなく
「いかに子供が自警力を身につけるか?」
だそうです。

防犯ブザーなどかなりの売れ行きだそうですが、これも実は親と子供の気持ちはいき違っているみたいで。
子供曰く
「低学年のうちならいいけど、上級生になっても持ち歩くのは恥ずかしい。」
と、携帯グッズのリストからはずされてしまう。

おそらく誰かがいいはじめたんでしょう。
さすがに閉口してしまいます。
子ども扱いされたくない子供たちを、子供として守るのか、一個の人間として自警力を育てるべきなのか。

でも自分を守る力はその時点で既にないんでは?とも思います。

 

かつて、戦後、夕焼け雲の下、子供達が竹トンボを飛ばした平地は、廃ガス香る街並みに変わり、灰色に囲まれた街角は夕食時間で迎えにくる親達の目をもくらましてしまいます。
おそらくは生半可な叫び声さえもかき消されるほどの騒音をかき鳴らす大人たち。
死角の坩堝かもしれない。

けれど、閑静な場所は、それたる理由がある。
全てが静かだから、犯人も静かに行動すれば、その物音は猫の歩み程度にしか聞こえない住人にとって、たいした関心事ではないかもしれない。

両極かもしれないがこのどちらでも同じ事が起こる。
深夜にはびこる悪人にとってはどちらも決して踏み込めない聖域ではない。むしろ易い。

どうすればいいでしょう?

 

僕は子供がいませんから、今は自分の命以上の心配はあまりないんですが・・・。
でも、時々悔しくなります。
あんな事件、こんな事件が起こることが。
誰も責められないのでしょうか?

 

死刑を宣告されて「まいったな」とこぼす被告がいた。
これが悔しいと思います。
自分が何かできるとか、そういったことではなく、ただ、こういった人物を創り上げてしまった環境が存在したことが、悔しいと言う気持ちを僕に起こさせます。

けれど、子供達が自警を恥ずかしいと考えるにいたったそのバックボーンは責める対象ではないのでしょうか?

 

自警しなければ結局は餌となる。
それを見過ごすしかない彼らの両親たちは、本当にそれでいいのでしょうか?

今日もおそらくは光っている闇の目を尻目に自分は悪くない・・・とみんな思っている。
闇が全て悪いと。

でも、闇を作ったのは、間違いなく我々のような気がします。

 

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