私の中にある父との思い出は、病院ばかりだった。
元気に野球をしていたのは、私が本当に幼い頃だけで、その次に覚えているのは、体がだるい、風邪気味だと話していた姿だ。その時すでに腎不全だったのだろうが、家族の誰もそんな病気だとは思っていなかった。病院に行った時には手遅れで、それから間もなく、大学病院に入院した父は、すぐに生体腎移植の手術を受けた。
ただ、幼かった私には、手術の待ち時間がとても退屈だったことと、アイスクリームを売店で買ってもらえて嬉しかったことばかりを記憶している。
それからは、毎週父に会うために車で1時間かけて大学病院に面会に行っていた。
いつも、無菌室で電話越しに話しをして、父と会うのはそれが当たり前だと思っていた。
母も、幼い私と弟を連れて、毎週通うのは大変だったのだろう。時々、泣いてる母の姿を見た。
しばらくして、父は無事に退院したが、祖父からもらった腎臓も長くはもたず、すぐ再入院となった。
二度目の移植が行われて、今度は祖母から腎臓をもらい手術したが、それも数年で駄目になり、とうとう透析導入となったのが25年前だ。
今にして思えば、父はどれ程に病気と戦ってきたのだろう。
あまり自分のことは話さないが、本当によく耐えたと思う。父だけでなく、母も。
そして、今からは、また新たな戦いが始まる。
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