
(この横浜も古い写真。銀塩の方が僕には合うかも)
ヒトの文化には、裏と表がある。
それは、言語化がヒトの間に生まれてからづっとではないか?
悪くもなく、良い事でもない、裏と表は有っても
均衡が保たれていれば良いのかもしれない。
攻殻機動隊の映画、ゴーストインザシェル。
最初の1995年公開から大分経つ。
当時はああいう事にもなるのでは?というのが
WEBというものへの驚きと革新であった。
象徴的に、同じ監督作品の、パトレイバー the movie
においてのネットは、サーバーとのデータベースの読み込みと
外部計算機としてのスパコン程度の扱いであったのだから
WEBの進化の有るいみの姿な気がする。
WEBは衛星を使っても行われるようになって久しいが
衛星経由なのかーと思ったときの感動も昔有ったなー。
PCが普及する前は、高性能なワープロが主流で
ワープロでの、ニフティのパソコン通信の時代など
懐かしい限り。
さて、本題に入りますが、
端末もかなり小さく成り、安くも成って
アンドロイド端末でもいつでもネットにアクセスできる時代
大きな外部記憶装置を持っているに等しい。
すでに、SFやアニメでも描かれていますが、
多くのヒトが、膨大なネットにアクセスし
情報のリソースは、細分化しつつも、人気には集中して
リゾームを作り出すことにもなる。
今回のエジプトでの有る意味における、フェイスブック革命は
象徴的だ。
初期はハイパーテキストのようなのりのHTMLのWEBpageは
僕も作っていたが、その頃は、「個」の自己表現の場が世界に発信するという
イメージだったようにおもうのです。
現代は受信側のニーズに答える為の発信サイドの努力というように
経済の流れそのものに依存して変化しているように感じます。
つまりは、「個」は薄まり、均一化され結果、平坦なものになってしまうのではないか?
と思うのです。
つまり、リスクです。
皮肉と言いますか。
この下記記事もそうです。
http://www.asahi.com/national/update/0909/TKY201009090152.html
いい面ではあるが。
大分前にはなるけど、下記ポッドキャストで田原氏が言っておりましたが
http://www.tfm.co.jp/podcasts/museum/?ym=201010
コミュニケーションがとれない生徒が増え、悩んでいると。
また、会社で上司と夜の飲みの付き合いは、1時間以上になると、パワハラになるとか・・・。
直接ネットと関係なく、こじつけかもしれないけれど
ジェネレーションYという世代のちょっと前の世代の僕ですら、最近のこうした面での変容には驚く。
街を見てもそうかもしれない。
駅は、電車の止まるプラットホームというより、コンビニ化といいますか
食事も出来、レンタルビデオもでき、本も買えます。
もちろん僕も、便利なので使います。
しかし、失った物は、駅の裏の赤提灯。
つまり、街の構造も、表と裏を喪失しています。
こじ付けかもしれないけれど、
ウィキリークスが、国の表と裏すら公表化されつつあり
ますます、世界が、丸い地球から文化構造的には平たい地球に成ってしまうと言いますか
なんだかなーと感じます。
裏と表をなくして、均一なる世界になったら、
なんだか、味気ない気もするのです。
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