イヴの時間 第一話を、見ました。
http://timeofeve.com/

どうしても、ロボットやアンドロイドの話はSFやアニメ、漫画などが
物語としてどうしても日本では描きやすいのでしょう。

僕のデザイン考では、人間そっくりにロボットを作る事の懸念を述べてきました。
この作品『イヴの時間』にも、人間そっくりなロボットが
生活の介助をする時代の中のある平凡な家庭を描いている。

人間に似ているというと、レプリカントということばのきっかけにもなった
映画ブレードランナーにも描かれているが、
21世紀になり、現実は車が浮いている訳でもなく、
やっとハイブリッドカーが普及しているにすぎない。
であるから、こうしたロボットの描き方は、
ごくありふれた日常の延長にある描き方にリアリティを感じます。

例えば、今の子供たちが描く創造の未来都市は、
空飛ぶ車や、複雑な形状の高速道路と高層ビル群ではなく、
むしろ 屋上緑化や、太陽光発電パネル付きの高速道路、風車などで、緑の多い未来都市を
描くにちがいない。
そうした未来像の変化は世代であるとおもうのだ。

この、作品、イヴの時間で仮想として描かれたシーンがある。
それは、そうしたお手伝いロボットを手荒に扱う人間の姿だ。
人間を野蛮にしかねないのでは?と考えてしまう。

何度もこの『考』では、述べて来て恐縮では有るが
ロボットのデザインが、人間そっくりで有った場合、
中身は機械であるとはいえ、手荒くする人間の姿はなんというか、
殺伐としているというか悲しいというか・・・
新たな悲劇に気がしてならない。

やはり、この作品をみて思うのだが、
人間にそっくりに仕立てようとするロボットデザインには、反対であると改めておもった。

共働きで忙しく子供の面倒が見れないから、主婦代行ロボの開発というのは
ますます、冷たい生活社会に成り得ないだろうか?
あくまで、人間が介在することで、人社会を成り立たせるべきでは?と考える。
(もちろん、人間が近寄りがたい高濃度放射能や災害現場などで、
救助ロボットを活用するのは賛成です。)

たとえば、警察官が見回りをしないで、監視カメラを増やす事や嫌な音を出して
若者が公園にたむろさせないようにするなど、まったくもって大人の責任を
テクノロジーにたよるのは、世の中を悪くする原因になりかねない。
と個人的には思います。

ロボットやアンドロイドのデザインは、一目で機械だと判断できるデザインが
のぞましいと思う。

もしも、バランスの良い(完全なる理性と美しさ)ロボットができたなら
それは、理想の人間をヒトが生み出す行為でもある。
そのとき、人間はロボットに嫉妬を覚えてしまう気がしてならない。

難しい問題ですね。
人間そっくりなロボット開発はすでに研究されている。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
免責:このブログはあくまで、個人的な見解です。
   なんら強要するものではありません。
   ご了承ください。
      無断での画像使用はお断りします。


銀工房 こじま web page

All Rights Reserved, la bottega di Kojima


博銀館へ