曲聴けます。


夢のかけら


詞・曲:宮本浩次




夢のかけら 僕らは

いつまでも追いかけるのさ


君はネコで 俺は嘘つき

破裂しそうな夢の狭間で

ずれてるようなオレの口癖

揺れてる君の横顔


傷つけあったいつもの部屋

上手な嘘だけじゃ

どうしようもないのさ

どんなに抱きしめても


乾いた喉 冷たい水を

ぐっと飲んで癒したけれど

右手でそっと髪をかきあげ

さめてる君のまなざし


過ぎ去った日々を

胸に抱き働いてる


夢のかけら 僕らは

いつまでも追いかけるのさ


ふとしたひょうし 君の言葉が

胸に刺さって抜けなくなるよ


愛してるとつぶやいてみた

部屋に響いたけれど


癒しあったいつもの部屋

小さな物語

どうしようもないのか

どんなに愛してても


過ぎゆく季節も

ため息の日々も

君の笑顔だけ

胸に抱き働いてる


夢のかけら 僕らは追いかけるのさ

今なら僕は言える

君のこと愛してると




欠片  感・想・文・FRAGILE



2010FIFAサッカーワールドカップ南アフリカ大会。日本は決勝トーナメントでパラグアイと対戦し、延長戦でも決着はつかず、PK戦の末、負けてしまいました。


負けた瞬間、「終わっちゃった…」と心の中で僕はつぶやきました。

もっと見ていたかった。終わって欲しくなかった。

それがその時の素直な気持ちでした。


なんとも言えない寂しさに襲われました。


祭りの後とか、舞台の幕が下りたときなんかの寂しさにも似ていました。


一つの夢が終わってしまった寂しさ。一つの物語が終わってしまった寂しさ。このチームでの試合がもう見れないという寂しさ。

今しかないことがある。それが終わってしまったことをとても寂しく思いました。


まだまだ見続けていたいワールドカップという一つの大きなストーリーでした。

また僕たちはそれぞれの日常に戻り、それぞれの道を歩き出し、やがて記憶は薄れていくでしょう。

それでも、束の間ではあれど、心を一つとした大きなストーリーを忘れることはないと思います。


僕にとっては、ワールドカップでの日本代表の戦いは、映画みたいなものだったんだと思います。

終わらないでほしいくらい見続けていたいと感じた映画。

映画のストーリーに感情移入し、心を揺さぶられました。

その映画を見て心の中のポケットには、夢のかけらが入っていました。

それは、このチームでの試合を、あと一試合見たかったという夢のかけらです。

それは叶いませんでした。叶わなかったからこそ、心に残り、夢のかけらとなりました。


選手たちは叶わなかったベスト4という夢のかけらを追いかけて4年後へとそれぞれの道を走り出して行くでしょう。




心を一つにするような夢や物語を見失った時代。

共同体からはぐれ、個人として孤独と不安を抱え彷徨うように生きる人々。


満たされない何かを埋めるように、一つのイメージを共有しようとする人々。

「エコ」という言葉に群がることも、ワールドカップで盛り上がることも、一つのイメージを共有したいという想いからきている部分も少なからずあるはずです。

簡単に言えば、お祭りです。

お祭りは一体感を与えます。孤独な現実を忘れさせる。自分を等身大以上に大きく感じさせる。

現代人はどこかでお祭りを求めているような気がします。

それが行き過ぎれば、一体感は危険な方向へ進んでしまうこともある。


変化のない日常、夢を抱きにくい現実。

それでもそんな日々の中で、夢の欠片、愛の欠片を抱えながら人は生きている。人自体が「欠片」ともいえる。

欠片ゆえに満たされたいと思い生きている。

愛を求めて生きている。


愛とは何か。一つのイメージを共有することなのではないでしょうか。

それは夢や幻に似ています。

夢や幻に似た愛を人は求めている。思い通りに行かないことばかりの現実、孤独な現実だけではあまりに辛すぎる。

現実から逃げてしまいたくもなる。


それでも、たいていの人は、等身大の自分を見つめて、前を向こうと頑張っている。

日本代表みたいにたくさんの人に夢や希望や感動を与えられなくても、周りの人に何かを与えていたりする。

そのことのほうが実は大切なのではないか。

自分ができることを懸命にしているなら、その姿は誰かに前向きな何かを与えているはずです。



心を一つにして戦う日本代表を通して、心を一つにして、共に喜び、共に悔しがり、共に涙したサポーターたち。

選手は勇気をもらったと言いました。僕も勇気をもらいました。

相互にいい影響をもたらし合う関係、人は信じれば想いを伝えあい繋がることができる。それは素敵な事です。

そして、バラバラな心を、束の間のあいだとしても、一つにしてくれた日本代表のすべての人に「ありがとう」と言いたいです。



一つのイメージを共有できることは、奇跡みたいなものです。

現実を生きていれば、それは嫌というほどわかるはずです。


そんな奇跡の瞬間を与えてくれたことに感謝します。


どんな人もおそらくそれぞれの夢のかけらを持っていると思います。

人は不完全な生きものだから、思い通りになんていかない。

思い通りに行くことがはたしていいのかも疑問です。

夢の欠片があるからこそ、前を向けるともいえる。

「欠片」的な存在だからこそ、人を求めるともいえるし、愛という幻想を求めるといえるのではないかとも思います。


それぞれの道で、それぞれの夢のかけらを抱えながら懸命に生きて行く中で、何かを通してそれぞれの道が一つになる瞬間があるからこそ、人は何度でも夢を見て、愛を信じて、人を想って、喜び、涙できるのかもしれません。



岡田JAPAN、感動をありがとう!!!

そして、お疲れ様でした。



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