今日は、4号機時代の爆裂AT機時代のお話を。
獣王がリリースされてからは、各メーカーがこぞって過激な出球性能を売りにしたAT機を作り始めました。それこそ業界全体がお祭りムードに包まれ、射幸心を煽りまくりで、ミリオンゴッドがお上を激怒させるまでは、本当に異様な雰囲気でした。
その頃は、私もどっぷりとスロット三昧な生活を送っておりました。
当時は、私は大学生だったので、同じ大学の友人や、地元の友達と深夜から集まり、早朝の抽選にパチ屋の駐車場へ向かうという生活を繰り返していました。酷い時は、一日スロットを打って夜は健康ランドで休息し、早朝に抽選に向かうという行為を連日繰り返していました。そんな無茶苦茶な生活をしているにも関わらず、何故かどんどんお金が増えていき、週末に彼女とショッピングに出かけ散財しまくっていたのを思い出します。
私が通っていた店は、抽選が終わって開店までの待ち時間にその店の瓦版なるものが毎朝配られ、前日のトップ10や、過去三日間の全台のボーナス回数などが書かれたプリントをファミレスで朝食を摂りながら眺めて勝負台を予想していました。
その大型店は、前日のトップ5はほぼ全台万枚越えで、稀に万枚がない日の翌日は爆裂機に6が入る可能性が高くなったりもしました。
また、朝一の恩恵がやはり今とは段違いで、そもそも台の性能的にリセットや設定変更の旨味がめちゃくちゃあったのに加え(獣王やアラジンの高確やストック機リセットなど)、設定4.5.6や設定据え置き台の札(朝一30分すると店員が札を回収する)が朝一のみ刺さっていたり、イベント時には、コンチに設定6の札が刺さってたりしていました。(さすがにコンチなどの爆裂機に6札は月一程度でしたが)
なので、友人達と一週間通っていると、毎週誰かが万枚だしているような状況だったのを覚えています。
また、それだけの熱い店だと、集団でジグマしているような軍団もいて(私達はそこまで一店集中ではなかった)、些細なことで揉めるようなこともありましたね。やはり大金が今よりも動いていた分、群れて立ち回り以外で他の客を圧倒しようという人間が多かったのですね。
彼らの乗る車が、どんどん豪華にチューンナップされていくを見ていましたから、相当稼いでいたと思います。
私達は裏モノがある店にはあまり近寄らなかったのですが(裏モノは、客層や立ち回り上色々と面倒な事が多かったため)、裏モノの店も出球は連日とんでもないことになっていましたね。本当に二万枚が日常的に出ていた。
その頃私は、朝一獣王でスタートすることが多かったのですが、朝一高確でサバチャンを引き当て、その後ビッグ高確でサバチャンを上乗せしつつ昼過ぎに万枚というのを(その店は朝9時開店でした)何度か経験しました。
そういう時は、至福のエンペラータイムで、6でなければその後はひたすら色んな台を打ち散らかすという事をやっていました。またそういう遊びで打っている時に限って良いヒキを発揮して、どうみても低設定のわけんわからんAT機(テクノコーシンとかオリンピア)の薄いところを引いて、さらっと5千枚とか出てくれるんですよね。
また、爆裂AT機はとにかく出だしたらあっという間に万枚なので、夜の9時頃でもまだ逆転を目指して突っ込んでいる人も多く居ました。
今考えると、本当に信じられませんが、あの頃の出球は完全に狂っていましたね。
スロットからは遠ざかってしまいましたが、あの頃の出球とは言わず、大花火くらいのスペックが復活するのであれば、是非また打ちまくりたいですね。