90年代の空気 | undercurrentjpのブログ

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色々興味があることを話しています。

90年代中ごろ、まさに時代は商業的なヘアスプレーロックから、よりとんがったストリートカルチャーへと移行していて、オルタナティブこそが最先端という、マイノリティな人間にとってはたまらない時代だったのです。

クラスで目立っている人気者や、夏休みにサークルで旅行に行っちゃうようなリア充を目の敵にするような音楽がヒットチャートの上位に食い込んじゃうという、なんとも素晴らしい時代ですね。

そして、その空気はニヒリズムに限りなく近いもので、「現状に冷め切った末の開き直り」のような、ある意味悪趣味なユーモアに溢れた時代でもありました。当時の若者を取り巻く空気みたいなものは、映画の「Kids」とか「リアリティバイツ」とかを見てもらえると分かると思います。

ただ、そんな時代の空気、カルチャーにどっぷり浸かってしまうと、「マジョリティーでない事こそが誇り」のような、その後社会生活を送る上でとても苦労を伴うアティテュードも備わってしまうという恐ろしい面もありました。まあ、これはどんなレベルカルチャーにおいても、ある意味共通事項なのでしょう。

実際に私も海外で生活していた時に、ホームレススケーターのような若者達と生活したりしていましたが、あの時彼らと共有していた考え方や生き方が、その後の人生に良くも悪くも大きく影響しました。

ただ、ひとつ言えることは、十代という多感な時期をあのような空気の中で送れたことは、自分にとって幸せだったということです。

いまから振り返ると、大人が作ったモノや商業的なモノに唾を吐き、ひたすらにリアルで刺激的であることに重きを置くというのは、甘酸っぱい若気の至りそのものでもありますが、大人になった今でも、あの当時の純粋さは決して馬鹿にできるものではないと思います。

それは、やはり現在のユースカルチャーへの眼差しと全く一緒で、時代の空気は違えど、反骨心をもった若者が生み出すカルチャーというものは無条件で応援したくなります。

ただ大きな違いとしては、90年代では漠然としたメインストリームという攻撃対象に向け局地的にそれぞれが活動していたのに対して、現在のユースカルチャーはインターネットを通して共同体化し、より政治的な活動に必然的に向かっているように思います。

90年代には点在していた個が、ネットで繫がり、より大きな個になっているのでしょう。

時代へのカウンターは、常に若者から出てくると私は思っているので、これからどのように時代が変化し、それに対する若者の文化が変化していくのか、とても楽しみにしています。