平成16年8月8日(月) 勾留90日目
今日は、智子(大学時代の彼女)の誕生日だ。
もし今、彼氏がいるなら、今日はデートだろう。
そして俺は、留置場だ。
昔の男の無残な現状を知ったら、あいつはどんな顔をするだろうか。
現在16時。
私の大好きな中国人の彼が移監を伝えられた(公判は9月15日)。
いつか中国へ遊びに行く約束になっており、電話番号を交換してある。
【 智子 】
いい意味でも悪い意味でも、お互いがお互いから、凄まじいほどの影響を受け合った関係だった。
卒業が近づき、同じ方面で彼女も就職したがっていたようだが、私は留年することになり、行き場のなくなった彼女は、教授推薦で大学院へ進んだ。
そしてその頃、ひどい傷つけあいがあり、私たちは別れた。
別れたときに私が考えたことは、「何年後、何十年後かにもし再び出会うことがあったとしたら、オッサンになったなとは思わせたくない」ということだった。
つまり、「いい男でいよう」と思ったわけだが、実際はそれほど甘くない。
いい男になろうとする気持ちを張り詰めたテンションを、一瞬も下げるわけにはいかないからだ。
私たちが別れて、短くない時間が経ったわけだが、釈放後、私はあるターミナル駅で、智子と偶然出くわした。
ホームが彼女の家のある方向とは逆だったし、私はホーム端の喫煙場所にいたし、彼女はタバコを吸わないから、出くわしたというよりも、私を見かけて、ついてきたのであろう。
懐かしさだったのだろうか。今どうオッサンになっているかを見たかったのだろうか。
私は、あれからの間、気を抜かずに生きてきた。
そして今まで体験できなかったところから生還した体験は、私の顔をいい面構えに変えていただろう。
そして彼女も、昔以上に素敵な女性になっていた。
私たちの第1ラウンドは、痛み分けの引き分けだ。
第2ラウンドはいつになるだろう。
たとえそれが何年先、あるいは何十年先になろうが、私は今のテンションを、命がけでキープしていく。
いい男に惚れていたんだな、と思わせてあげられることが、男が最後に示す優しさでもあるからだ。