平成16年7月8日(木) 勾留59日目
中国人は、日本に姉と義兄がいるが、姉は出産のため中国の実家に帰っており、義兄が面会に来て、相当に怒られたという。でも、3千円差し入れしてくれたらしい。
「姉にも家族にも今回のことは言わないから、中国に帰って、自分の人生をやり直せ」と言われたという。
あと昨日の当番弁護士を、間違って私選として選任してしまった、と焦っていた。
【過去の過ちを振り返って】
中国では、家族から犯罪者が出ると、問答無用で勘当されてしまうらしい。
だからこの義兄の配慮は、相当に気が利いているのだ。
【 兄弟仲 】
双子山親方の納骨のときに、押し掛けたやじ馬から、「兄弟仲良くしろ!」というやじが飛んだという。
大きなお世話だ。
家族関係について考えるときに、私はいつも寺山修司の古いエッセイの一節、「母親のいない青年の不幸は取るに足らないが、いない母親を必要とする青年の不幸はかなり根深いものがある」というのを思い出す。
意味はまったくその通りだが、この文章は、家族愛や兄弟愛は絶対的なものではないのだということの示唆でもある。
福岡の刺殺少年にとって兄は、桎梏(しっこく)以外の何者でもなかっただろうし、成増の爆発少年にとっては、今後本当に両親は必要でなかったのかもしれない。
ところで出生率は、もう長いこと2.0を下回っているわけで、これは近い将来、「兄弟間のトラブル」そのものが、「珍しいこと」になることを意味するだろう。
だから今のところの兄弟仲の悪さも、味わっている人にとっては、将来的には、得がたい経験をしたと言える日が来るのかもしれない。