小樽の小さな長屋で、染み抜きを生業としている”つる”を主人公に、明治維新の動乱の時代を生き抜いた旧幕府軍と新政府軍の末裔たちが、過去の十字架を背負って生きる様が描かれた物語です。
 
 
旧会津藩士を先祖に持つつるは、幼い頃のある事故がもとで故郷に居られなくなり、家族を養うために花街に入り松尾太夫と名乗っていたことがある。
 
今は女一人、染み抜き屋で細々と生計を立てているが、その身の上ゆえに好きな男を諦めたこともあり、その人生は壮絶であった。
 
つるのもとへ染み抜きの仕事を持ち込んでくる”とさか”という名の女は、預かり物の反物に絵描きの父親が酔って絵の具を付けたと話す。
 
父親があちこちに迷惑をかけるので、とさかはどこに仕事に行っても長く続かない。
 
きっぷが良く口の悪いとさかだが、祖父は奇兵隊出身の官軍の出。
 
薩摩出身の祖母は日影の身であったとはいえ、長州と薩摩の血を合わせ持つ母は新政府の申し子だと自慢にもならない自慢をしていた。
 
しかしそれが仇となり、お互いに好き合っていながら恭一郎という思い人と別れなければならなくなってしまう。
 
恭一郎の父は会津降伏人として蝦夷地に流され、逆賊と蔑まれながら辛酸をなめつくして苦労した人だったのだ。
 
官軍と賊軍の末裔である、とさかと恭一郎は一緒にはなれなかったのである。
 
他にもつるの隣人として越してきた惣吉とコハルの一家や、武家の出で心中の生き残りで足に障害を負って尼寺に居た身を請け出し、献身的に尽くしてくれた久蔵に、せめて我が子を抱かせてあげたいと強く願うハツノ。
 
長屋に住み、乞食のような生活をしているようで、タダモノではない雰囲気を持つ謎の老人・勘兵衛。
 
かつては花柳界で幾松と名乗っていた紫乃は、歌舞伎役者の菱川嘉左衛門以外に浮いた話も無かったが、正式な嫁として大店の成島屋の若内儀の座に着いていた。
 
何不自由無いはずの紫乃が、ある日嘉左衛門の舞台を観に行っているところを目撃したつるは、紫乃と嘉左衛門の関係は夫公認で続いていると知り、小さな嫉妬心を抱く。
 
前回読んだ『ちぎり屋』とおもんも登場し、常連のつるの紹介で父亡き後のとさかが店を持つまで仕込むというエピソードもある。
 
独り立ちしたとさかが経営する店に勘兵衛と共に現れる一人の老人。
 
堂本と名乗るその老人は、あるときつるに自分の過去を語る。
 
堂本の告白は勘兵衛の過去にも通じ、維新後の新政府軍の中にあって歴史にその名を残した人々とも関わりながらも動乱の最中に行き場を無くした悲しい老人の末路を語るものだった。
 
明治維新によって日本は大きく変わり、明治天皇崩御により時代はまだ次の世代へと移っていくが、人々の中の悲惨な記憶は世代が代わっても受け継がれていくものらしい。
 
会津戦争のとき、老若男女が果敢に戦った会津藩の悲劇は今も様々な形で語り継がれているが、降伏後に蝦夷地に流され苦労した会津の人々のことは、あまり知らなかったので、この小説を機にもっと知りたいなと思うようになりました。
 
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