調香師の恋人・弘之が死んでしまった。
 
自殺だった。
 
一緒に暮らしていたというのに、リョウコは弘之の一部しか知らなかったことを彼の死後に知っていく。
 
アイススケートが得意で、ジャンプやステップも軽々とやってのけ、周囲を湧かせていたこと。
 
数学にかけては早い頃から頭角を表し、あらゆる数学コンテストで優勝してきたこと。
 
母親は、そんな弘之が自慢だったこと。
 
リョウコは彼(弘之は小さい頃、ヒロユキと言えずにヒルーキーと言っていたことから「ルーキー」というニックネームで呼ばれていた)の在りし日の姿を知ろうと、彼の実家を訪ねる。
 
父親を早くに亡くした弘之と弟の彰は母親と暮らしていた。
 
彰には弘之ほどの数学の能力は無く、弘之は母親の期待を一身に受けていたらしい。
 
弘之が家出をしてからも、母親は彼が獲得したトロフィーや楯を大切に保管しており、時折丁寧に手入れもし続けていた。
 
母親の心は、弘之が居たときのまま時を止めていたのだ。
 
母親の記憶から抜け落ちた、プラハで開かれた世界的な数学コンテスト。
 
リョウコは、そこに何があるのかを知りたくて、単身プラハに飛ぶ。
 
 
人の死から始まる物語はドラマティックだが、私はあまり好きでは無い。
 
どんなに亡くなった人の人生を知り、理解したところで、そこから何も生まれない。
 
強いて言えば、残された者が心のよりどころを探すことが出来る・・・かもしれないくらいじゃないだろうか。
 
リョウコが知らなかったルーキー(実はこの呼び方、強引な感じで好きになれなかった;;)の一面。
 
彼の抱えた母親への思慕と、のし掛かる期待への重圧感。
 
母親の言葉に忠実に従いながら、抗う心を持ち続け開放されたいと願った彼の思いを、彼の死後にどんなに理解したところで何も救われはしないのだ。
 
最愛の息子を亡くした母親もまた・・・。
 
兄ほどに母親に思って貰えない彰が、影のように母親を支えて生きる姿も悲しい。
 
永遠に彼は兄を越えることは無い・・・。
 
 
プラハでの案内役・ジャニャックは、まだあどけない少年で日本語がわからない。
 
確たる目的を持って訪れたリョウコは、それでは困ると替えて貰おうと思うが、なかなか上手くいかず、いつまでも言葉のコミュニケーションの上手くいかないジャニャックと過ごすことになってしまうが、彼の弾くチェロの音が、いつしかリョウコの心を癒していく。
 
イメージ 1