昭和二十年八月十四日。
藤居綾子は高等女学校の二年生だが、今は学校へも工場の勤労奉仕へも行っていない。
去年、父親が横浜の警察署から見るも無惨な拷問の痕を残した遺体になって帰って来て、母と弟も七月十三日の空襲で死んでしまい、まだ四歳の妹・比呂子の面倒を見なければならなくなったからだ。
食べることが出来ず、骨と皮ばかりになった比呂子に、綾子は手作りの芋焼酎を飲ませ、彼女の命を長らえさせていた。
死んだ母親は、配給に清酒が入る頃から酒をたしなむようになり、そのうち自身で薩摩芋、蕎麦、南瓜で焼酎を造るようになり、綾子も母直伝の焼酎の造り方を覚えた。
母は炎に包まれながらも「これさえあれば」と持ち出した、酵母とイースト菌の塊、そして米こうじは焼酎造りの三種の神器。
綾子は大事な三種の神器とわずかばかりの身の回りのものを持ち、髪を短く切ると男装をして妹を伴い旅に出た。
行き先は、母の故郷。会ったこともない祖父の住む大分。
姉妹の旅は駅で汽車に乗り込むところから波乱含み。
けれど、この大分までの旅で姉妹はその後の人生に何かしら関わりを持つことになる人々と不思議な出会いをする。
駅で助け船を出してくれた駅員さん。
貨車だけど座る場所を確保してくれた、ハイカラでなよっとした青年・北条猛人。
担架に乗った老人は、家族に付き添われているが、生きてるのか死んでるのかわからない。
でも綾子が焼酎を分けてあげると、たいそう喜んで元気が出た。
そして、やがて綾子の夫になる本間耕喜もこの汽車の乗客だった。
汽車の中で玉音放送を聞き終戦を知った綾子たち。
耕喜は綾子たちの祖父の家から、そう遠くない場所の住人で二人の道案内をしてくれた。
祖父の藤居剛の家には、三男の仁と知らない女が二人住んでいた。
どうやら祖父が行き場の無い女を”引き受けている”ということらしい。
やがて綾子は、こっそり焼酎を造り始める。
綾子は飲めないが、味見をする比呂子の舌は確かで、幼いながらも的確なアドバイスをするのだ。
この物語は最初は趣味で造っていた密造酒に過ぎなかった綾子の焼酎が、大分で指折りの酒蔵造会社に発展していくまでの過程で、綾子、比呂子、そして綾子の娘・寿美子の女三人の物語として成り立っている。
中でも比呂子の人生は波乱に満ちて悲劇的だ。
幼い頃からたしなんでいた焼酎の利き酒をさせれば右に出る者は無く、頭もキレて勉強もよく出来る。
東大でも京大でも行けると太鼓判を押されるほどの彼女が選んだのは京大。
京都の造り酒屋の北条猛人の家に居候したかったからだ。
比呂子は彼に恋い焦がれていた。
しかし学生運動のときに警察に捕らわれた比呂子を救ってくれたのは、汽車の中で焼酎を分けてあげた老人の孫だった。
比呂子は半ば強引に猛人と結婚するのだが、そのことを知った姉の綾子は激怒する。
なぜなら、綾子は猛人の秘密を知っていたからだった。
結果、比呂子は不幸な運命を辿ることになってしまう・・・・。
女は逞しい。女は強い。
でも女は弱い。女は脆い。
そして女は愚かだ。
だけど、やはり女はスゴイと思う一冊です。
