静は義兄の恋人・君原優佳利と旅に出る。
 
優佳利と会ったのは過去に一度だけ。
 
義兄の渡部研吾も静の父の元妻の子であり、義兄妹と言えど交流も無く、その姿すら記憶の中で鮮明ではない。
 
優佳利からの突然の旅の誘いは、その研吾の行方を捜すのが目的だった。
 
研吾と優佳利は高校時代からの付き合いで、いつ籍を入れてもおかしくない間柄である。
 
旅行ライターの研吾は、奈良に取材旅行に行ったまま消息を絶ったのだと言う。
 
なぜ自分が同行しなければならないのか釈然としないまま、ほぼ面識の無い女とほぼ交流の無い義兄を捜す旅に出る。
 
研吾が歩いた同じコースを辿って、優佳利と一緒に奈良・明日香路を歩きながら研吾のことを話す二人。
 
しかし静は気付いてしまう。
 
優佳利が偽物だと。
 
優佳利になりすましていた女は藤島妙子。
 
優佳利と研吾の高校時代の同級生で、妙子いわく三人は、まるで三脚のように三人で支え合う関係だったらしい。
 
君原優佳利本人は事故か自殺かわからない、謎の死を遂げていた。
 
研吾には別に好きな女性がいて、優佳利とは別れていた。
 
妙子は別の男性と結婚しており、子供もいるが、研吾を愛しているのだと静は思う。
 
静には妙子の真意がわからないまま、いつでもやめられるはずの旅をやめられずに続けていた。
 
二人の前に現れた研吾。
 
研吾は「なぜ静を巻き込む?」と妙子を叱る。
 
妙子は静こそ研吾の好きな女性だと疑っていたのだ。
 
それは亡くなった優佳利も同じだったらしいが、静は研吾に会って「自分ではない」と直感する。
 
ようやくいろいろなことの輪郭がわかり始めたと思った矢先、妙子が旅先で病死してしまう。
 
研吾は身辺の整理をして出家し、僧侶になるために奈良にいた。
 
研吾にとって病的にヒステリックな母、自分と母を捨てた父、父の新しい妻と二人の間に生まれた娘。そして口さが無い親類たち・・・全てのしがらみが耐え難く重かった。
 
「あの人」はそんな研吾に、思いを書き留めることを教えた。
 
研吾は小さい頃から言葉を物語りのように書き綴り、集めるのが習慣だった。
 
そうすることで研吾は心の均衡を保って来られたのだ。
 
最後に研吾は、静に「洞穴のロウソクの話」をする。
 
即興で研吾が作った最初で最後の物語だ。
 
洞穴の中で今にも消えそうなロウソクは、朝の光を見てから燃え尽きたいと必死に灯っていた。
 
消えてしまいそうな小さなロウソクが研吾。
 
先に溶けてロウソクの火を風から守る壁になってくれていたのが優佳利と妙子。
 
そして洞穴の中で朽ち果てた骨(何もしてくれない)を母になぞらえて。
 
朝の光を見た研吾はもう人生のクライマックスを終えたのだから、出家して人生の終わるときを待つと言う。
 
研吾の人生に「私は登場したのか?」と尋ねる静。
 
家族の縁の薄かった研吾にとって義妹の存在は大きかった。
 
「あの人」の存在とともに。
 
妙子が書き残した手紙を読んで、研吾は最後に訪ねる場所に静を伴うことにする。
 
約束の場所に「あの人」がいるかどうかはわからない。
 
けれど「あの人」に会うために。
 
優佳利と妙子がずっと意識し続け、口にすることのできなかった研吾が最も愛する人のもとへ。
 
 
この物語を読んで、つくづく人間というのは環境に育てられるのだなと思いました。
 
静にとっては、ごく当たり前の家族だったけれど、父には前の家族が存在していて、別れたからと言って縁がプツッと切れてしまうかと言えばそうではない。
 
静の母親は教師で、とても道徳的で誰にでも平等で、静はそんな母親に不満を覚えていました。
 
子供が母親を慕う気持ちというのは特別なのだと思います。
 
こんなことを書くと、世のお父様方に袋だたきに遭いそうですが(^^;)、母というのは何か特別な存在なのだと・・・袋だたき覚悟で言っちゃいます!(爆)
 
静は母に特別扱いされたかったのです。
 
でも母はそうでは無かった。
 
だから夫のもう一人の子供にも優しく接していたのでしょう。
 
その存在の大きさは研吾の人生を支えるだけのものがあったのでしょう。
 
けして報われることのない思いを胸に彼は出家して行くのでしょうが、最後に約束の場所に本当に「あの人」の姿を認めることができるまで、彼は朝を待ち続ける洞穴のロウソクのような心持ちだったに違いありません。