優しいという言葉、実は自分は中学生の頃からよく言われ続けてきた。
それも女子、女性ばかり。
優しいという言葉は自分は前向きな意味でしか知らないが、どうも最近では抽象的な言葉に思えてきて時々理解に
悩む事がある。
時々、優しい=都合の良いと勝手に頭の中で解釈がなされてしまうのだが何故か?
自分、結構断れない性格なんですよ。それでいろいろ面倒くさい事が後を絶たずそう考えるようになったのではないかと、、、、、、
このような事を相手に言ったら、してしまったらと考えると大方想像が出来ます、そこから言えなくなる事が実は多かったです。
卑劣で狡猾な人はこのような人の性質をあっさりと見抜いて利用する事に心血を注ぐ様ですからご苦労な事です。
さて、最近思った事は彼女との自分のやり取りです。
実はよかれと思って色々手助けというか、助け舟を出してみたり無言で協力してみたりと色々陰で私は暗躍していました。
勿論、世の中には僕よりも更に上記の事をされておられる方も多数いらっしゃると思います。
ですから、これ以上ない事をしたとは言えませんが、大変な事もあったのです。
具体的内容としては、家の事や金銭感覚です。
ハッキリ言って結婚したらもう手遅れですね。
それ程のところまで来ています。
何でもかんでも与える、してあげる。これは優しい虐待なんですね。
自分も国家資格を持つある職業についていますが、やはり忙しくなってくると彼女の事は全て見る事は不可能なのです。
本当に大変な時に一人で対応出来るか等、やはり気にてしています。
泣かす所まで行きましたが、変に此方が甘い顔して対応していると仮に結婚した時に事件や事故、浮気や不倫等
で修羅場等が可能性としてあります。
事実、大学時代に自分の甘い対応で友人だった男を一人、着信拒否+メール拒否にして縁を切った事もあります。
そのような過去から彼女に対しては適度な距離を取りながら接しているのです。
独身時代の様に割と余裕のある時に不味いのであれば、結婚した時なんて想像しただけで寒気がしますね。
親しき仲にも礼儀ありということです。
個人的に無償の愛、優しさという言葉には希望を感じますが、それと同時に不安というか履き違えたりする人も
それなりに出てくるのではと懸念しています。
ギブ&テイクの片方がいつまでも続くなんて虫のいい話はありません。
いつか必ず終わりが来ます。
仲良くしたい人間だからこそ、取るべき距離を取って関わりたいですね。