私の通っていた小学校は都会の過疎と言われる千代田区神田淡路町の淡路小学校。
おねーちゃんから、校歌がYouTubeにアップされていると連絡あり。
とにかく生徒が少なくて、私の学年は女子8人、男子15人の23人でした。
当然クラス替えもなく、1年生から6年生までずっと1クラスでした。
たぶん卒業する頃の全校生徒は127人。
卒業後何十年か経って統廃合されて、今はワテラスという商業ビルになっております。
生徒数が少ないと潰れちゃうってことで、公立だけど卒業生の子供などが越境入学していて、うちの学年も3分の2くらいが電車通学してました。
私も電車を7駅くらい乗って電車通学しとりやした。
学校の近所に親戚のやぶそばさんがあったので、たぶん週に2〜3回は神田のうちに寄って、タダのお蕎麦を4人前食べたり、まかないの夕食を食べてから帰っていたと思います。
親戚のおばちゃんに、ママに渡してね。と芋餅やクサヤをランドセルに入れられていました(笑)
クサヤ入れないでぇ〜!!!とゴネてたけどね(笑)
貴重な地元民だから従姉妹の家は叔父さんがPTA会長、おじいちゃんがOB会の会長をしていたから、何かの行事があると叔父ちゃん、おじいちゃんが挨拶していました。
私が1年生のときは、2年、3年、4年生に従姉妹がいて、5年と6年にはうちのおねーちゃん達がいたのでグランドスラム的なことになっとりました。
この話題が親戚LINEグループでも話題になって、校歌は岡野貞一さんの作詞だそうです。
朧月夜、春の小川、故郷など誰もが歌った唱歌を作っている当時一流の作詞家さんとのこと。
さすがPTA会長は色々詳しい♪
ちなみに校歌は1番しかないから、2回繰り返して歌っていたような気もします(記憶なし)
小学生が歌うには難しい歌詞ですなぁ。
歌えるけど、YouTubeで見てやっと意味がわかったよ(笑)
千代田区歌というのもよく歌っていたけど、歌詞に「大東京の中心地」とか「大日本の心臓部」などかなり偉そうだなぁ。と、小学生でも思ってました。そこしか覚えてないけどね。
んで、そんな親戚LINEグループに「通話」ボタンをパパ様が押したらしく(笑)