石の上にも年 | 深夜のしゃべりたい欲を満たすひとりごと

深夜のしゃべりたい欲を満たすひとりごと

記憶力皆無の脳を助けるための日記

72時間というドキュメンタリー番組を見た。
若き企業家が六本木の一坪オフィスから夢を追う。という内容。
寝る暇もなく会社を軌道に乗せるために働く。
学生や脱サラ、女性もいる。
全てが共感や好感を持てる人たちではないが、この手の番組は好きだから見ちゃう。
うちの会社は社長あってのワンマンだとも思うが、逆に社員あっての今の姿だとも思う。
アイデアや企画力、営業力や経営能力。
これらを持ち合わせた人を一人捜すのはそう難しいことではない。
けれど一人では限界のあることを何人かで補い合い、持続させ、成長させていくことはとても難しい。
きっとうちの会社が他社に誇れる部分はこのあたりの求心力だと思う。

ありえないテンションで全力疾走する様は30人31脚のようなスリルと興奮と連帯感を生む。

なんで脚を縛って全力疾走するだけで泣けるほどのドラマが生まれるのかは、きっと参加してみなくちゃわからない。
30を過ぎても落ち着くこともせず、ときには22才の社員のほうが正しい発言をして、その意見を素直に受け入れる。
それぞれが会社に自己実現の場を求め、個人力を合わせて全体の力とする。
この形を守るには人数的にも期間的にも限界があるとは思う。
会社を大きくしたいとは思わない。
誰かに買って欲しいとも思わない。
いつまで続くかもわからないが、何かを感じて集まった仲間が失望するようなことだけはしちゃいけないと思う。
私にとっての3年間は過去にも未来にもないだろう充実の3年間だった。
人生のどのタイミングでもいいから、誰にもこの3年間を味あわせてあげたい。
よく自分も会社と一緒に成長したい。なんて面接にくるやつには、学校じゃないんだから成長してから来い!って思う。
だけど、なんかしらしてきて、その能力を活かしたい!なんてやつにも、なんぼのもんじゃい!通用せんわい!
なんて思う。

まずは1年、無言で、できることもできないこともやったらいい。理不尽にも耐え、評価を求めず、奉仕と勉強をすればいい。
そして2年目には自分にしかできない仕事を増やし、自分なしには会社が立ち行かない立場に立つこと。
3年目で自分がしてきたことを人に譲れるようになれば、やっとひとつ仕事ができたことになるんじゃないかと思う。

やらなくても推測でできる人もいる。やったからって全員できるわけじゃない。
だけど、できるんだかできないんだかわかるためにも3年間はちょうどいい。

石の上にも3年。ってどんな意味だか知らないけど、なんだか当たってる気がするなあ。

さて、これから3年、私は何をさせてもらおうか。
居心地のいい場所で、上を見ればキリがなく、下を見れば堕ちていく綱渡りの中継地点から信念を作れるか、流れに身を任せるか、サボり症を責任感で隠せるか、ポッキリ心が折れるのか。
3年後は見えないなぁ。