拙さと醜さと | Can I meet you once again?

Can I meet you once again?

今、自分の胸に止まった出来事を書いていきます。
まだ未熟者なので、駄文だったり、気に障る内容をだしてしまうかもしれません。
申し訳ありません。






他の人のみている世界ってモノに、俄然興味がある。





なぜなら、自分のみている基準だけでは、


本当の意味で人を尊敬したり好きになったりはできないと思うからだ。





なぜ、世の中から誹謗中傷や批判がなくならないのか。




自分の「醜い」部分を理解している自分自身の偉さを知っているから。




どんなに尊敬している人がいようと、どんなに自分より優っている人がいようと、



「自分からしてみたら耐え難い醜い部分」があるだけで、
なんで恥ずかしくないの?と思ってしまうからだ。




それは、仕方のないことだと言って良いだろう。






蚊がとんでいたら叩き潰すだろうし、蜂がいたら駆除するだろう。




それと同じように、配慮をするだけの余裕は、




人間が動物である以上、持つことは困難だろう。






もし、本当の意味で自分以外について知りたいんだったら




同じ立場にたって考えるしかない。





しかし、それは憶測をまさらない。






なんで、こんなにも、朧気にしか側にいれないのか。





大人になるって言うのは、受け入れることだと言われた。



「醜い自分を知った、美しい心」をもつことで、



「自分にとっての醜さを持った人」を蔑み、



「蔑むことによって手に入る優越感」によって汚れ、



結果的に「罵ることを知った醜い心」が生まれる。




気づいては、移り行く。



いつまでたっても。



どこまでいっても。



どうやら、その流れをあるがままに受け入れることこそ、大人になるってことらしい。




そんなこと、考えたくなかった。