ほなら実際にイントロクイズをした時に答えをかなり迷うのは…例えば『Passion』だろうかねぇ?


『Passion (single version)』

『Passion - after the battle -』

『Passion (opening version)』

『Sanctuary (Opening)』

『Sanctuary (Ending)』


この5つを開始2秒までに区別できたら大したもんだ。2秒経つと『Passion - after the battle -』と『Sanctuary (Ending)』はピアノが奏でられ始めるのでここで候補は3曲と2曲の二手に別れる。更にこの2曲が別れるのは歌い出しの0:24まで待つ事になる。


3曲の方は0:34の歌い出しでPassionの2曲とSanctuary の1曲に別れる。更にSingle VersionとOpening Versionは2:10まで全く同じなのでこれをここまでで区別するのは至難の業だろうな…


…って書いてて確認したんだけど、やっぱり未だにサブスクに『Passion (Opening Version)』は置いてないっぽいな? それじゃあ聴き比べもそうは出来ないわねぇ。


ただ、『Passion (Opening Version)』がどんな構成の楽曲なのかは『Sanctuary (Opening)』を聴けばわかる。これの歌詞が日本語になるってことで。真ん中に『My Heart’s a battle ground』のパートがあって、Single Versionにはある最後の年賀状パートが無しなんですね。



…って、話が逸れた。では、『Passion』と『Sanctuary』は歌が始まる前に区別がつくかどうか。これなぁ、『Sanctuary』の最初の配信時の音源は少しばかりわかるのよね。『Sanctuary (Opening)』も『Sanctuary (Ending)』も、何故か音が薄ら途切れ途切れになっててね。アルバムのボーナストラックではないUTADAのシングルとしてのバージョンがApple MusicやiTunes Storeに置いてあるから、それを聴けば確認できる。でも、聴き比べればわかりやすいけど単独で判断がつくかどうかとなると、あたしゃ自信ないなぁ。


2018年のリマスター・バージョンはかなり音が揃ってて、『Passion』と(アルバムのボーナス・トラックになっている)『Sanctuary』のサウンドの差異は限りなく小さくなってる…ほんの僅かに『Sanctuary』の方がソリッドな(硬質な)音作りに聴こえなくもないけど、まぁ気のせいだろうかな。違う歌が乗る事で演奏の波形は変わらなくても人間の聴覚心理は変化するからね、誤差程度でしょうな。



こうしてみると、最初の2秒で上記の5択を正解するのはかなりの無理筋かなと思う。特に2018年のリマスター版で音を揃えられたら…あぁその場合は『Passion (Opening Version)』はわかるかもしれないのか、リマスターされてないもんな。いずれにせよ、2秒以内で当てられるって人がいらっしゃったらその人は相当な猛者様なので遠慮無く拍手喝采をお送りしましょうねっ。


プータローさんがまた朝から面白い事を呟いてくれてるな。


「ランダム再生で宇多田さんの作品を聴いてると、イントロで「これどっちだ?!」ってなる瞬間が楽しい


「キレイな人」か「Find Love」か

「Face My Fears」は日本語か英語かと


イントロだけじゃ判別できないあの数秒間毎回ワクワクする」


https://x.com/bu19244800/status/2090194904450470388?s=46



例によってリプしようとしたんだが長くなり過ぎるのでここで。


前も書いた通り、宇多田ヒカルの曲はどれをもって「一曲(同じ曲)」と言えばいいのかわからない事が多々あり、従ってイントロクイズをするとなると解答を「どこまで答えるか」について事前にしっかりしたコンセンサスが必要となるわけだ。リミックスやバラードバージョンやアカペラやインストといった違いまで言わなきゃならないのかとか、『DISTANCE』と『FINAL DISTANCE』の区別、『光』&『Simple And Clean』をはじめとした日本語タイトルと英語タイトル、更に近年はスタジオライブなんてのもあって、まぁ言い出したらキリがない。


更にややこしい例もあって。前も触れた


「『DISTANCE』は『FINAL DISTANCE』EP収録バージョンの方がアウトロのフェイドアウトが長い」


なんてケースでは、困った事に楽曲単位での表記上はどちらも『DISTANCE』で全く1文字も違いはない。これを解答時に「『Distance』アルバム収録バージョン」と「『FINAL DISTANCE』EP収録バージョン」とを区別するようにだなんて要請するのは流石にやり過ぎな気がする。そもそもイントロで判別できないし。正解判明まで5分半待つのはちょっと面白いけどね。まぁ僅かにマスタリングが異なるから凄腕(凄耳?)のマニアなら或いはというところだ。


それで思い出したんだけど同じく『Distance』アルバム収録の『Wait & See 〜リスク〜』、CDではシングル盤収録のトラックのアウトロ最後にあった笑い声が削られてたのよね。しかし今Apple Musicで確認したところ、『Distance』アルバム収録の『Wait & See 〜リスク〜 (Remastered 2018)』の方にもアウトロに笑い声が入ってるのよさ。こちらはつまりクレジットの通りサブスク配信にあたって新しくリマスターされたトラックがストリーミングされてるわけだが、これってどういうことなんだろうねぇ? 色々事情が考えられるが、他のサブスクや…あ、そういやアナログ盤でどうなってるか意識して聴いたことなかった! すぐわかる人は教えてくれると助かりますm(_ _)m あぁこんなことならiTunesのリマスター版、音源保存しとくべきだったなぁ。今ダウンロードしても2018年のリマスター版だよねぇ。2014年のリマスターとかどうなってたか記憶にない。悔しい。



というわけで、仲間内でイントロクイズで楽しむ時は予め「どこまで当てたら正解なのか」を示し合わせてから始めましょうね⭐︎


Adoちゃんの件でXでのいろんな人たちの投稿を斜め読みして「議論が幼いなぁ」と思ったのだけど、これあれか、「音楽を聴く」をする人の平均年齢が低いからか。議論の運び方も裏付いてる価値観も、みんな(総体的に/相対的に)若いんだね。


歳とると音楽聴かなくなるのよね大方の傾向として。特に子育てが始まると「暇が無い」というのはよくわかる。なので中高生の頃のように熱心にあれやこれやチェックしなくなっていく。フェスに行って音楽について議論するなんて大方暇のある気楽な若者のやることで。子育てしながらそれが出来てる人のバイタリティ凄い。


大衆音楽がラブソングに偏ってるのも大きい。未婚者はラブソングを自分ごととして聴けるけど既婚者はなかなか難しかったり。やっぱりここでも音楽を聴かなくなる。ラブソング以外のときめきがあればいいんだけどね。


(だなんて一般論言ってる私はメタラーなので、歌詞は幻想奇譚に戦記物、剣と魔法の世界に天使と悪魔にSFに乗り物に精神病に…なのであんまり年齢関係ないと言いますか…他人事ではありますね。)



2016年以降のヒカルさんは子育てをしながらの活動だ。かといってこどもへの愛ばかり歌ってきたかというとそうでもないし、ちゃんとオーソドックスなラブソングにも聴こえる歌詞を書いてるし、作り手側として大したもんだなぁと思う。


で。ヒカルさんはつまり、今年で「人間活動明けから10年」なんですよ。ここらへんで歌詞のテーマのフェイズが目に見えて変化する気がするのです。


・こどもが音楽を聴き始める

・こどもが恋愛に興味を持ち始める

・こどもの反抗期…は、なんか無さそう?

・自分の老化が始まる

・親の介護が本格化する


などなど、こどもがティーンエイジャーになり、親が後期高齢者になりで少し大きめな変化が訪れる。大概の人たちが悩む「お金が足りない」の悩みだけは無縁そうだけど、他の心配事は普通の(?)人たちと変わらない。…って、その“だけ”が途轍もなくデカいんですけどねぇ。国によるけど、医療費の不安とかねぇ。



更にヒカルさんの場合、レコード会社のお馴染みの皆さんも少しずつ高齢化してる。三宅さん71歳、沖田さん59歳、梶さん55歳、でいいのかな? 会社内での役割も変わり、若い人たちに仕事を委ねていく中で、ちょっとヒカルさんは一回り二回り若いんだよね。ここらへんの顕在化は30周年以降になりそうだけど、でもじわじわと近づいてきてるわね。


そういう、こどもの成長に伴う未来への希望の変化と、少しずつ人生を畳んでいく人たちの姿(大体半分過ぎてるって意味でね)とを見ながら、ヒカルさんが何を歌うのかってのがここからの期待、なのかな。『パッパパラダイス』なんかは、10歳前後のこどもを想定してるから、もう既にその兆候は出て来てるとも言えるし。次の歌が人生のどのフェイズに合う歌なのか、或いは年齢とか超えた普遍性を歌ってるのか。そんな評価軸も携えておこうかなと思ってますよっと。


先日のサマソニで「エンター・サンドマン」を歌ったAdoに対して、なんと御本家メタリカからメッセージがあったそうで。


https://x.com/ado1024imokenp/status/2089755930791739767


Adoちゃん大歓喜。これで少しでも風向きがより良い方に変わってくれればね。


メタリカの「エンター・サンドマン」はこの35年間世界中でカバーされまくっている曲だから、まさか御本家が反応を返してくれるとは思ってもみなかった。それだけAdoの勇気ある行動に感銘を受けたという事だろうかな。


言われてみればヒカルさんも、特に『First Love』なんかはカバーされまくっているけれど、特にそれについてコメントをする事はない。例外的だったのが2014年の『宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について-』で、あの時は所属レコード会社の作品についてプロモーションの一環でコメントを寄せてくれたのだろうと解釈しているのだけど、まぁ滅多に無い事だよね。とはいえその稀少な機会にあっても、自分の曲がカバーされる事に関してどんな風に思ってるのかはよく伝わってきた。


『こんなに素敵で幅広いジャンルのアーティストたちに丁寧に、個性的にカバーしてもらったの聴くと、頑張っていっぱい曲書いてよかったなって素直に思えるよ。他の歌手だと自分の書いた曲でも泣けちゃう不思議。』

https://x.com/utadahikaru/status/531956750334066688?s=46


泣ける程感激していた模様。そうなのだ、よっぽど破壊的なカバーでない限り、作者として自分の作品をパフォームしてくれる事は大変喜ばしいのである。カバーまでいかなくとも、サンプリングとかでもきっと同様なんだろうな。


https://x.com/kukuchang/status/1907226896045338841


よくミーム(=文化的遺伝子)なんて言葉を使うけれど、音楽もまた“生き物”だと捉えるならば、その遺伝子が直接的に受け継がれていく姿をみるのは、親が子の成長を見守るようなというか、自分の子孫の活躍ぶりを眺めるような気持ちになるのかなと思う。遺伝子であるからには、他の遺伝子と混ざり合ってまた新たな進展を見せていくものであって、その途上で何かを失ったり何かを新しく得たりというのもまた“進化”の醍醐味のひとつだろうね。



それを考えると、折角のヒカルさんのカバー音源収録を断ったグリーンデイとバッドバニーは何とも野暮な事をしたもんだなと。恐らく本人たちではなく周りの者が忖度して勝手にNGを出したのだろうと私は思っている。しかし一緒に『Stay with Me』を歌ったサム・スミスの喜びよう↓を見ればわかる通り、Utada Hikaruに自分の歌を歌ってもらう栄誉や歓喜というのは、世界的にビッグなアーティストであっても何も変わらないのだ。


https://www.universal-music.co.jp/sam-smith/news/2024-08-27/


その後ヒカルさんは、同じく世界的ビッグ・アーティストであるチャーリー・プースとも共演を果たしていて、英語圏のトップ・ミュージシャンたちの間でも少しずつ名前が浸透している期待がある。なので、時機を見つつではあるけれど、再度グリーンデイとバッドバニーにカバー音源公式発表の打診をし直してみてもいい頃合いなのかもしれないね。Adoの歌がメタリカに届くよりずっとイージーな気がするんだけどなぁ。


お馴染み「Wired Vol. 56」でのヒカルさんの発言を引用してみる。


「『知らないこと』や『わからないこと』があることに、心からワクワクするという『無知の知』は、とても重要な観点だと思います。恐怖って無知から来るじゃないですか。闇を恐れるのは人間の本能。知らないから、恐怖心や差別心、偏見、暴力……そういうことが起こる。じゃあその反対にあるものは何かというと、わたしは好奇心や探究心だと思っています」


https://wired.jp/article/vol56-hikaru-utada-cern-report/


無知に対する「好奇心と恐怖心」。何か知らないものに出会った時に興味を持って手を出すか、怖がって足を止めるか。ヒカルさんが「恐怖心」について歌った歌といえばまず『Face My Fears』を思い出す。


「自らの恐怖たちと向き合え」っていうこのタイトル。「キングダムハーツ3」の主題歌なわけだけど、Fearsという単語は「キングダムハーツ2」の主題歌『Sanctuary』にも登場している。こちらは嘘と一緒に溶けて無くなるものになってるけどもそれはさておき、『Face My Fears』は『私の知らない私に早く会いたい』という好奇心をもって恐怖心と相対する歌となっている。


好奇心が人に一歩踏み出す勇気を与えるものならば、恐怖心は人の足を竦まさせ歩みを止めさせるもの。『初恋』には『勝手に走り出す足が今』と『柄にもなくすくむ足が今』という対になる歌詞があるけれど、これも好奇心と恐怖心の対比と解釈する事が出来るわよね。つまり恋は好奇心と恐怖心が両方存在していて、それを知るのが初恋なのだと。


つまり、宇多田ヒカルは、恋愛の歌の中でも既に「好奇心と恐怖心」を対にして歌っているわけでして。もう8年前の歌で。『Face My Fears』は7年前か。恐らく今後は、更にこの対比をより直接的に歌う歌が増えるんじゃないかなと。前も引用した通り、ヒカルさん自分の中で強い感情として認めるのが好奇心だと最近は自覚するようになってるし、そんな観点でも今後出てくる新曲と接していきたいかなと思う私でありました。


昨日今日は20年前にウタユナ埼玉2days、2年前にSF香港2daysだったわけだが、両方観た人ってどれくらい居るんだろうね? “未遂”という人は1人知ってるけど…何なんだ未遂って…(笑)。



さて先般の新曲リークによって逆に今後の展望を語るのが難しくなっているので、ここまでの流れのひとつを拾っておくか。



昨年のETV「オノマトペロディ」への参加。発表されたのが7月4日、第1回の放送が8月11日だったのでもう1年以上前の事になるのか。またやって欲しい。再放送でもいいし。


前も書いた通り、ヒカルの書いた30秒ほどのトラックをフルコーラスにしたり歌をつけたりといった事も有り得るのでこのコンテンツには注意を払っておきたい。何しろヒカルには1stアルバムの『Interlude』を2ndアルバムの『言葉にならない気持ち』に昇華させた実績があるわけだから。


この曲のタイトルも示唆的だよね。オノマトペって話し言葉と単なる音声の中間で、まさに“言葉にならない気持ち”を表現するのにはうってつけだ。例えば「わくわくドキドキ」というオノマトペ。「わくわく」は期待感を表現するけれど、何かの音を模してるわけではない。一方、「ドキドキ」も期待感や不安感、緊張感などを表現する時に使うけれど、こちらは「心臓の音」という音声的な元ネタがある。血流音を表す「どっくんどっくん」なんかとも似てるしね。まぁ音というより体性感覚的な感触も強いけど。…なんて風に、隣り合うオノマトペであっても片方擬態語もう片方擬音語だったりで成り立ちにグラデーションがあって面白い。この“普通の言葉では表現しきれない感覚”を歌にどう取り入れてくるか。


何が言いたいかというと、ヒカルが「オノマトペロディ」提供曲を発展させてフルコーラスの歌を作るなら、歌詞のテーマにオノマトペを絡めてくるかもしれないなぁと。自己言及的な。歌入りの『くっきり・もちもち・りんりん』も、結構歌詞がそのまま残ってたりしそうかなって。そもそも「言葉って何ですか?」という問いに「言葉で伝えられない事を伝える為のもの」だとか何だとか答える人なので、こういう「言葉と言語の可能性」のきわっきわの所を探るのは大変大好物なのだと思われます。好奇心、ですね。


まぁいちばんの期待は『MOONLIT』の続きではあるのですが、勿論全くリメイクされずにこのまま忘れ去られていく可能性もそれなりに強いこの「オノマトペロディ」、今後も事ある毎に擦って催促していきたいと思います。そのままCMソングに使えたりもしそうだけど、初出がETVだとどうだろうな〜。


でもヒカルさんが藤圭子をカバーするとなると、何はなくとも藤圭子は演歌歌手なので、圭子さんの「ヒカルに演歌を歌わせたくない」という思いを裏切る事になる。私的なカラオケはともかく公の場でそれは無理かなぁとも思うわけで。


『I sing my mum's songs at karaoke, esp "Omokage Heiya," and Hibari Misora's "Midare-gami" too. My mum would kill me if she knew I sang enka.』

https://x.com/utadahikaru/status/27111447357?s=46


『Enka has a very particular style of singing, lyrics are often very sad, and my mother didn't want it to influence my singing, or my life...』

https://x.com/utadahikaru/status/27111665985?s=46


訳してもらうと、


「カラオケでは母の歌、特に『面影平野』や、美空ひばりの『みだれ髪』を歌ったりします。もし私が演歌を歌っていると知られたら、母に殺されてしまうでしょうね。」


「演歌には非常に独特な歌唱スタイルがあり、歌詞はしばしばとても悲しいもので、私の母はそれが私の歌唱や人生に影響を与えるのを望みませんでした…」


ということのようなので。



+++++ +++++



ってとこまで前回書きたかったんだな。



で次の話題。この週末にキングダムハーツの新情報が出たようで。要約すると、


・2027年中に「キングダムハーツ4」が出る

・キンハのアニメシリーズ制作決定


この2点ということでよろしいか。



「4」はいわゆる「ナンバリング・タイトル」というやつで、本筋の完全新作が来年リリースされるわけだ。つまり99.9%くらいの確率で宇多田ヒカルの新曲がここで聴ける。しかも日本語版と英語版で! その気になればフランス語版やイタリア語版も作れ…それはもういいな。こほん、取り敢えず、今後購入者層の世代交代が進めばわからないけど、2027年時点で他の誰かに交代するメリットはほぼない。確定なんじゃないかな。



問題はアニメの方だよね。これはどういう制作体制になるかによる。ディズニープラスで配信という事だけど、これが意味する所の差異で大分事態が違ってくる。独占配信なら話題性はかなり低下する一方、制作は請け負うけど地上波や他の配信サービスでも観れるとなると注目度は跳ね上がる。


それと、どのレコード会社が加わるかだわよね。主題歌を担当するかはわからんけど、ウォルト・ディズニー・レコードもスクエア・エニックス・ミュージックもあるし、キンハのサントラは日本ではユニバーサルから出てるしなぁ。勿論アニメとなると全く違うレーベルが手を挙げるのもあるし、これを機に新レーベルを立ち上げたっていい。


「アニメとゲームは別物感を出したい」となれば宇多田ヒカル以外がいいだろうし、「アニメはゲームのエッセンスをゲーマー以外に届ける為のものだから」と言うなら宇多田ヒカルの既存曲を流した方がいいだろう。現実はその間のグラデーションのどこかに落ち着くんだろうけど、いやはや予想は難しいね。


もしかしたら今年のUTADAの唐突とも言える再発劇は、そのアニメに英語版があった場合に備えてたりする? つまり『Simple And Clean』や『Sanctuary』が、主題歌或いは劇中歌などとしてアニメ内で流れるなら確かに、フィジカルとサブスクを整理しといた方がいいわよね。



勿論自分はキンハのアニメ化と聞いて真っ先に「宇多田ヒカルの新曲を主題歌にすればいいじゃん!」とは思ったし、オープニングとエンディング両方を担当してくれたら更に美味しいなぁとも思ったけど、流石に現時点ではアニメのコンセプトが何もわからないので、暫くは静観という事にはなりそうだ。


ただ、「キンハ4」が来年末発売とかになるのなら、次の宇多田ヒカルのオリジナル・アルバムは2028年の初め、1月〜3月辺りになるかもしれないなというのは、今から予想しといていいかもしれないね。


・2002年3月『光』発売からの6月『DEEP RIVER』

・2005年12月『Passion』発売からの2006年6月『ULTRA BLUE』

・2018年2月『誓い』解禁からの6月『初恋』


という風に、キンハ主題歌のリリースや解禁からアルバムの発売まで3ヶ月〜半年くらいで来てるからね。これは結構本気で楽しみに待ちましょうか。


先週末は千葉豪雨で開催も懸念されたサマーソニックが幕張と大阪で3日間、無事開催されたようで。


サマソニといえば昨年ヒカルさんが前夜祭たるソニックマニアのフローティング・ポインツのステージにゲストで1曲登場し、国内フェス初出演を果たした“事件”も記憶に新しい。1周年ということで、観れてよかった人と観れなくて悔しかった人の声もどちらも聞かれまして。当時の公式も、サプライズ扱いだったからギリギリの発表をしてくれてたわね。


https://x.com/ado1024imokenp/status/2088995974417154311


ヒカルさんの今年の出演はなかった模様だが、ヘッドライナーのAdoがメタリカの「エンター・サンドマン」をカバーしたという話題が取り上げられてるな。これにはメタラーとして反応せざるを得ない。


Xに上がってた動画を観させて貰ったところ、「Adoの生まれる前の曲だもんなぁ」としみじみしてしまった。あんな若い女の子がメタリカの曲を歌ってくれてる事に感激する一方(おっさんメタラーはこんな感想になりがち)、リアルタイムでこの曲を聴いてたおっさんと過去の名曲を未来から眺めてる子では捉え方が違うなぁと。


Adoはメタルの大御所の曲ということで、かなりタフに力強く歌おうというアプローチで、流石の歌唱技術、その目論見は見事に達成されているが、当時同曲をメタリカの新曲として聴いた身としては、それまでのもっと苛烈でシリアスな曲調(「バッテリー」とか「ワン」とかね)に比べて「随分丸く、マイルドに、のほほんと聴きやすくなったなぁ」というのが正直な感想だった。なので「エンター・サンドマン」はクールダウンというかリラックス・モードで楽しくノる曲なのよね。Adoちゃんのアプローチとは真逆だったりする。


そのまったり具合と歌詞の内容からその「エンター・サンドマン」は“子守唄”として有名でね。それまでの過激なメタリカからすれは眠くなるような曲調なので、この曲を一曲目に据えるメタリカの「ブラック・アルバム」を聴きながら眠りに就いていた小学5年生(飛び級してる為正確な年齢は不明)の頃のヒカルさんは、こちらからみれば全く以って“相応しい”接し方だったなぁとあらためて思う。


https://x.com/utadahikaru/status/1089904742240256


そうなのだ、メタリカの「エンター・サンドマン」といえば、35年前の曲なのだがヒカルさんのおそらくカラオケ・レパートリーのひとつのはず。もしサマソニでヒカルさんがメタリカを歌ったらとか想像するとワクワクが止まらない。もし私が現地で観れたら大歓喜だろうな。音楽的には、アイザック・キジトがラーズ・ウルリッヒのオリジナル・ドラム・プレイをどう料理するのかみてみたいとか、ベンのギターは案外カーク・ハメットのプレイと相性良さそうだぞとかあるけれど、やはりリアルタイムでブラック・アルバムを聴いてたヒカルさんのアプローチなら信頼できるってのがいちばん大きい。


Adoの歌唱技術の高さは周知の事実だろうが、「その時その場でどのようなアプローチを取るべきか」という“技術の取捨選択”については、まだまだどんどん成長していく途上にあるということかな。こればっかりは、作詞作曲もする人の方が少しばかり有利だったりもするのだけど、傍らにそういう助言が出来る人が一人居れば事足りることでもある。海外進出に向けて、そういう人がAdoにも居てくれますようにと祈らずにはいられない。


こんなことをされると、いつか叶うかもしれない「宇多田ヒカルによるサマーソニックのヘッドライナー・ステージ」にも影響あるかもね。でもオリジナル曲になんぼでも“サマソニ映え”する曲はあるので(むびのんとかThis Is Loveとかマルセイユとか)わざわざカバーするまでもないかもしれないが、もしワガママが通るなら藤圭子の歌を歌って欲しいかな。単独公演ではプレッシャーかもだけど、フェスのお祭り気分の後押しがあるなら或いはどうだろうかっ!? メタリカのカラオケの続きに藤圭子のカラオケって流れでさっ。


この週末はヒカルさんにも縁深い長野県安曇野市での土石流のニュースも報じられ、登山なさってる皆さんは災難だった事だろう。ほんに無事で帰ってきてね。



明日は山の日ということで、ヒカルさんと山といえばサントリー天然水のCM。色々と検索してみるとこんなラインナップになるのか。


・2016年9月オンエア『道』@南アルプス栗沢山

・2017年6月オンエア『大空で抱きしめて』@鳥取県奥大山(おくだいせん)

・2020年4月オンエア『誰にも言わない』@?


これらの他に、


・2018年4月オンエア「南アルプススパークリング」CM

・2019年5月オンエア「スパークリングレモン」CM

いずれも『Play A Love Song』


もあるのね。


今はコカコーラ社の綾鷹のCMに出演している(していた)から、ヒカルさんの登山CMは上記の「3部作」で一応完結している事になる、か。『Play A Love Song』の方も特定班の皆さんが場所は特定してくれているが、それらによると登山という事ではなさそう。自転車乗ってたしな。


こういう、「CMにでも起用されなかったら体験できなかったこと」をヒカルさんが体験するCM、いいわよね。シリーズ化して欲しいくらいだけども。併せ技で「今まで行ったことのない場所に行く」ってのもそう。CERN探訪記だってああやって雑誌記事になってたしな。


というわけで、登山といっていいかはわからないけど、高地であることは間違いないマチュピチュに、そろそろ誰かヒカルさんを連れて行ってくれませんかね? まだ行ってなさそうだわよね? 長年のファンの懸案とすら言えるヤツだこれ。(発音が気に入ったのが発端だったんかな?)


CM撮影で連れて行ってくれるとなると、何のCMになるかねぇ? 航空会社とか? 今は海外旅行と言ってもねぇ。でもお茶のCMでリスボンは思いつかないし、何があってもおかしくはないわね。未来の誰かの発想に期待しましょうか。


『パッパパラダイス』がちびまる子ちゃんのエンディングで流れるようになって4ヶ月。流石に月土毎日合計156回流れた(再放送含めたら更に2倍3倍)『花束を君に』と比べるほどではないけれど、すっかり日曜夜の日常に溶け込んでいる。が、最初に感じた「おしゃれすぎる」イメージはそのまんまだなこれ。


前も書いたように、そもそも音声学的にレイヤーが違う。日本語と英語で使う音域が異なるように、アニメ本編とエンディングの歌で音を認識する脳の領域が異なってるなと感じる。オープニングのAdoちゃんともまた違うなぁ。


こればっかりは、ヒカルの持ち味と音響監督の感性の違いなので結構どうしようもない。でもそれも日本アニメの面白さ。未だに30年以上前の「るろうに剣心」とジュディマリの「そばかす」のミスマッチが語り継がれるくらいだからね。曲が良ければいろんな記憶の残り方をするというだけで、合ってる合ってないってそんなに気にする事でもない。人の印象に残るのは違和感の方かもしれないのだ。「違和感を感じる為に来ました」と言い切ったヒロトはよくわかってる。


「マッチングアプリ」なんてものが定着するくらいに相性というのは大事なものだが、相性の良いものや人と付き合っていくうちに、結局のところその時々その日一日で関心が寄せられるのは、合うところと合わないところの境目だったりする。そこのところで折り合いをつけたり新たな発見をしたりできるかが、そこからの関係性の発展の鍵を握る。


『Apple And Cinnamon』の歌詞には「相性が良過ぎて続かなかった」とある。様々な読み解き方が出来そうだがここでは「だからこそ違いを見つけた時に受け容れられなかった」と読んでみるか。合うところと合わないところの境目まで来た時にどうしたいかで次の展開が決まるので、要は相性の良し悪しというのは決定打ではなく、そこからどうしたいかを決める自分の決断とその背後にある感性が大事なのだ。


『パッパパラダイス』とちびまる子ちゃんは、時間を経てきた分、そこのところが明確になってきてる気がする。馴染んでいるところと馴染んでいないところ。少し『Automatic』と「だんご3兄弟」が両方ミリオンヒットした1999年のチャートを思い出したりもするのだけれど、そこの決断の大事さを歌ったのが『Mine or Yours』だったなと思い返すと、やっぱりあれもこれも繋がってるのだなとなるのよね。結局アルバムには権利関係の許す限りヒカルの「この期間の活動全て」を込めちゃうのがよさそうに思います。あれ?てことはCDにBlu-rayに写真集に書籍や漫画も合わせたボックスセットでも出しちゃう? それもわかりやすくていいかもしれないね。