清原さんのニュースで持ちきりですか。

僕はどうも周りの反応にムカムカ来るんだけど、

「ファンだったのに。失望です。」

ってどういう感覚なのかわからないです。

失望とはなにか?



僕は薬物に手を出す人の考えなんて理解不能ですが、

僕らが理解できない程の思いを抱くような人生を生きている、

と考えれば少しは納得がいくかもしれない。



思い出すのは秋葉原無差別殺傷事件。

散々叩かれた犯人は僕らが想像もつかないほどの修羅場に子供の頃からいた。

彼の考えはわからない。

でもおかしくなってしまうことはあるのかもしれないと想う。



いけないことを「いけないこと」と認識できるに決まってるじゃない。

でもやっちまうってことがどういう状況なのかを考えてやらなかったら、

こういう人間はこれからもいなくならないよ。

何があったんだろうか、と、

その人の人生や思いを共有してやらんとなんも進まない。



「失望です。」

っていう前に、

どれ程の辛さを感じて生きていたんだろうか、

ということを知るのが先じゃないのか?

あれほどのスター選手がなぜやってはいけないことに手を出したのだろう?

そんなことを一体誰が考えているんだろうか。

警察の仕事だけど警察だけの仕事じゃないと思うんだよ。



で、

サポート。

スター選手であった清原さん、

あるいはスポーツ界で必死こいてやってきた皆さんは、

一般の人々からすれば、

「なんて羨ましい人生!」

と言われるはず。

好きなことを仕事にして沢山の注目を浴びて、

さぞお幸せでしょうなどと嫌味な言葉を浴びた人も多いでしょ。

でもよくよく考えてみればスポーツ選手なんて30超えたら引退を囁かれ、

ボロボロの体で就職活動をする。

10代の頃からずっとひとつの競技しかやって来てないからかなり大変だろうなと思う。

普通に就職なんてできるのか?

コーチやるか解説やるかタレントになるか。

選択肢も多くない。

収入も減るし保証もないし、

何より選手だった頃の充実感とか、

ファンからの声援とか、

自分を動かしていたものがごっそり抜け落ちる。

僕らには想像することすら難しいが彼らの虚無感はそれはそれは大きいはず。

昨年の大晦日に一日限定で現役復帰した魔裟斗さんも引退後、

「充実感は全く無いですよ。」

と淋しそうに話していたのを思い出します。



僕は10代の頃にキックボクシングをやっていたんですが、

ジムの選手たちにとっての不安て大体、

「チャンピオンになれるか」
「引退してから生きていけるのか」

っていうことでした。

きっと他のスポーツも同じなんじゃなかろうか。

まぁ好きなことやってんだからリスクは承知でやれよと言われればそれまでですが、

スポーツ選手の引退後のフォローはどうにかならないのかな。

清原さんみたいなスター選手なら尚更だ。

就職のフォローというか、

急激に落ちてしまわないようなフォロー。

僕らにはできなくて彼らにできることってすごくたくさんあると思う。

プレーする充実感に替わる道を作るというか見つけ出す必要を感じる。

だってあんまりじゃない、

たくさん感動をくれたのに、

引退したらあとは自分でどうにか生き延びてください、みたいなの。

僕は清原さんのことを思いながらそんなことをずっと考えていた。

清原さんだけじゃなくてね、

スポーツ選手が将来の不安を抱きながらプレーしなくて済むようだといいな。



夢を追えない国とか、

豊かと言えないじゃない。