おはようございます。



新しい一日がスタートしました。今日はお休みですか?お仕事であれ、お休みであれ、今日も一日元気に、ワクワク過ごしましょう!



今日のブログのタイトル「見えない領域が見える領域を支配する」ってちょっとスピリチャルな感じでしょうか?



あなたが物質至上主義、マテリアリストでない限り見えない領域がないことは否定されないことと思います。



また、体験的に、見える領域、見える世界以外の世界、見えない領域・世界があると理解しておられることと思います。



私は見える世界は見えない世界によってコントロールされていると思っています。



このように書くと、オカルト的に思われるかもしれませんが、もう少しお読みください。



人類の歴史は道具を発展・発達させていった歴史といえると思います。そして産業革命以来、科学技術の発展・発達は加速度を増し、コンピュータの登場は、それをさらに加速させて行っていると思います。



しかし、これらの目に見えるもの、道具は人々の目に見えない領域からスタートしています。



道具が技術が見えるものになるまで、それは人々の思い(または心)の中に存在しました。それを発明した人が思いや心の中で見ている以外は、まわりの人々には見えなかったのです。



しかし、彼らはないものをあるもののように見ました。



やがて、それが見える世界に現われました。



見える世界に現われるまで、見えない世界に現われていなければ、見える世界には現われなかったのです。



ですから、見えない世界からスタートします。見えない領域が見える領域に影響を与えるのです。



私は1985年12月13日の朝日新聞「天声人語」を書きとめて残しています。



内容はゲル(寒天、こんにゃく、ゼリー、液体を含みブヨブヨになって形を保っているもの)の不思議さを発見し、解明して仁科記念賞を受けた田中豊一さんの話です。



その最後に湯川秀樹博士のことが書かれていて彼らに共通する思考について記されています。



抜粋を書きましょう。



「彼(湯川博士)の仕事を通じて気がつくことは、モヤモヤしたものをモヤモヤしたままでとっつかまえて、われこれ考えをめぐらす独特の型である。彼は『こんとん』を愛している。」



湯川博士は見えない領域でモヤモヤしながらもまだ形になっていないものをつかもうとされていたわけです。そしてあるとき見えない領域でそれをつかんだときに、見えるものとなって現われたのです。



田中豊一さんも同じ思考パターンだったそうです。



私たちはこのように何かを発明するような博士ではないかもしれませんが、原則は同じだと思います。



現実に形になってあらわれてほしいならば、見えない領域でそれをつかまなければいけません。



その領域での現実化が、見える領域での現実化をもたらします。