安楽死って有り? | 八百万の神達に会う

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神社参拝の備忘録

 
突然どうしたんだ!と思われるかもしれませんが、
 
ここのところ親の介護をしていて、ふとこんなことを考えていました。
 
もし、自分が息をしているだけの状態になったとき(幸い私の親はそういう状態ではないですが)、
安楽死が認められていたら、その道を選ぶだろうな~っと。
 
自分から安楽死を願い出ることは自殺といっしょのようだけど、
苦しまずに死ねるというのがいい点かな。
 
家族から安楽死を願い出ること(本人の意識は無い状態)は一種の殺人のようだけど、介護をする側の労力を考えると必ずしも悪ではないような気もするし。
 
安楽死を法制化するのは障害がありすぎて無理でしょう。
法の目をかいくぐって悪知恵を働かす輩はいるでしょうからね。
 
また、与えられた命を粗末にするものじゃないとう意見も当然あるでしょうし、どんな状態であろうと、生きている人の命を絶つ事は自然の摂理に反するという事もわかります。
 
でも、寝たきりの状態で自分の力では日常生活は何ひとつ出来ない、ボケてしまって24時間365日監視してないと何をやらかすかわからない。
 
そのために介護施設等があるではないかと言われそうですが、そこがポイントではなく、そんな状態であることが、生きているって言えるのだろうか、と考えてしまいます。
 
医療技術が進歩し、ガンなども恐くない病気になりつつありますが、長く生きながらえるためだけの進歩はあまり必要ないように思ってしまいます。