■ノーベル物理学賞に赤崎勇氏 天野浩氏 中村修二氏
NHKニュースより。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141007/t10015208401000.html


 10月7日 18時58分 

ことしのノーベル物理学賞の受賞者に、青い光を放つLED=発光ダイオードの開発に成功し、フルカラーの大型画面の実現などさまざまな応用への道を開いた、名城大学教授の赤崎勇さんと、名古屋大学大学院教授の天野浩さん、カリフォルニア大学教授の中村修二さんの日本人研究者3人が選ばれました。


赤崎さんは鹿児島県出身の85歳。 

京都大学を卒業後、当時の松下電器の研究所を経て、昭和56年に名古屋大学の教授になり、現在は、名古屋市にある名城大学の教授を務めています。

天野さんは静岡県出身の54歳。

名古屋大学を卒業したあと名城大学理工学部の教授を経て、平成22年から名古屋大学大学院の教授を務めています。 


中村さんは愛媛県出身で60歳。

徳島大学大学院で半導体の研究を行ったあと、昭和54年に徳島県の化学メーカーに入社し、14年前からはカリフォルニア大学サンタバーバラ校で教授を務めています。 


3人は、LEDの中でも製作が技術的に難しく、20世紀中の開発は無理とさえ言われた青色LEDの開発に取り組みました。


当時、結晶の素材としてほとんど見向きもされていなかった窒化ガリウムに注目し、赤崎さんと天野さんは昭和61年に、青い光を出すのに必要な高品質の「窒化ガリウム」の結晶化に世界で初めて成功しました。


さらに中村さんが平成5年、独自に開発した装置を使って、極めて明るい青色LEDの開発に世界で初めて成功し、世界中の研究者を驚かせました。 


3人の成果によって赤・緑・青の光の3原色のLEDがすべてそろい、組み合わせによってあらゆる色が出せるようになりました。

このため、フルカラーのディスプレイなど、さまざまな分野でLEDの実用化の可能性を広げました。


波長の短い青い色を出す技術は、DVDなどの記憶容量を大幅に増やすことができるブルーレイディスクの開発にもつながり、大量の情報をやり取りする現代社会において欠かせない技術となっています。

こうした業績で赤崎さんと中村さんは、平成10年に世界の電子工学の優れた研究者に贈られる「ジャック・A・モートン賞」を受賞したほか、赤崎さんは平成16年に文化功労者を、中村さんは平成14年にアメリカのノーベル賞といわれる「ベンジャミン・フランクリン・メダル」を受賞しています。


また、天野さんは平成10年にイギリスの「ランク賞」を受賞しています。


日本人がノーベル賞を受賞するのは、アメリカ国籍を取得している南部陽一郎さんを含め、おととしの山中伸弥さんに続いて合わせて22人になります。

物理学賞は6年前の平成20年に受賞した南部さんと益川敏英さん、小林誠さんの3人以来で、合わせて10人となります。











★今日は、「ひまわり8号」の打ち上げ成功に続き、ノーベル物理学賞の受賞者が日本人で3人も出るなど、台風一過の今日の天気の様に晴れやかでした。


最近では大学生の物理学離れが進んでいるらしいが、これを期に若い学生や博士が行う研究開発に意欲的になって欲しい。



残念ながら外野は直ぐに、成果や成功を期待し過ぎたり、分かりにくい理論的な説明や「だから何?」と否定的な論調になる。



研究開発費は直ぐに削減されたり、無駄遣いと仕分けされる。


しかし普段の生活に欠かせない物や便利な物も、幾度も失敗や挫折を味わいながら、研究者や博士と呼ばれる人達が発見・開発したものです。



時々、研究所や実験場と言われ場所に見学に行ったり、研究者の意見を聞く機会が有りますが、凡人の私にはチンプンカンプンの事も有る。



逆に凡人の私が何気なく話した一言が、研究者のヒラメキやヒントを導き出して成功や成果に繋がった事もある。



簡単そうな事や有ると便利な物の開発が、意外と複雑だったり失敗策から生まれた別の発見に繋がった。


着けたり剥がしたりが簡単な付箋紙の「ポストイット」は、接着剤の失敗策が適度な粘着性を持ち、剥がしても跡の残らない付箋紙に繋がったと聞いた事が有ります。



電子レンジは軍事兵器の開発中の副産物だったり、ヒラメキから特許を取り億万長者になった主婦もいます。



「必要は発見の母」ですね。




今も御嶽山の行方不明者の捜索活動を続けていますが、救助隊からは日々創意工夫や新しい意見も出て、1分でも1秒でも早く家族の元に帰して上げたいと言う、熱意が感じられる。



本当に過酷な現場で最善を尽くしています。



早く救助隊の諸君にも、職務完遂となり晴れやか賞賛の時が来て欲しい。