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■被災地、喜び爆発「この日待ってた」楽天日本一 : プロ野球 : スポーツ 
YOMIURI ONLINE(読売新聞)より。
 
http://www.yomiuri.co.jp/sports/npb/news/20131104-OYT1T00031.htm?from=blist
 
 
【写真1枚目】
初の日本一になり、嶋(左)と抱き合って喜ぶ田中
(3日、Kスタ宮城で)=林陽一撮影
 
 
「これが東北の底力だ」——。
 
 
プロ野球の日本シリーズ第7戦が3日、仙台市の日本製紙クリネックススタジアム宮城(Kスタ宮城)で行われ、楽天イーグルスが巨人を下し、球団創設9シーズン目で悲願の日本一を成し遂げた。
 
 
苦境にあっても諦めずに戦い続けた末の栄冠。
 
声援を送り続けた被災地のファンは「勇気をありがとう」「この日を待っていた」などと喜びを爆発させた。
 
 
最終回、大黒柱の田中将大投手がマウンドに上がると、Kスタ宮城の熱気は最高潮になった。
 
二死一、三塁のピンチを招いたが、田中投手が最後の打者を三振に抑えると、選手たちはマウンドに集まり、人さし指を突き上げ、喜びを表した。
 
 
星野仙一監督が胴上げされると、熱気に包まれたスタンドでは、抱き合ったり涙したりするファンの姿がみられた。
 
 
ガッツポーズをした星野監督はインタビューで「被災者のみなさんに勇気を与えた選手たちを褒めてやってください」と話すと、スタンドの被災者らから大きな拍手が沸いた。
 
 
仙台市中心部にある「クリスロード商店街」でも3日夜、大型テレビ2台が設置され、楽天日本一の瞬間に立ち会いたいと集った市民約700人が、固唾(かたず)をのんで試合の行方を見守った。
 
 
楽天ファンたちは九回、抑えで登板した田中投手の投球を祈るようなまなざしで見つめ、勝利の瞬間、大歓声が商店街にこだました。
 
 
帰省中という東京都の会社員(27)は「地元で楽天の日本一を見守ることができて本当に幸せ。これをきっかけに東北が明るさをもう一度取り戻してくれれば」と興奮した表情だった。 
 
 
同市太白区にある仮設住宅の集会所では、優勝が決まると、テレビ観戦していた住民約20人が互いに抱き合ったり、万歳三唱を繰り返したりして喜びを分かち合った。
 
 
インタビューで、星野監督が被災地へのメッセージを語る度に、「癒やされたよ」「ありがとう」と口々に叫び、涙を浮かべた。 
(2013年11月4日09時06分 読売新聞)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
★選手と東北地方のファンとの深い絆で、勝ち取った日本一の栄冠だと思う。
 
 
 
お互いに励まし合って「がんばろう東北」を合い言葉に、選手と住民が交流を深めていた。
 
 
被災地で子供達に野球教室をする後ろに「災害派遣隊」と書かれた自衛隊車両が駐車している映像を何度も見た。
 
 
 
選手の腕には、「がんばろう東北」のワッペンが縫い付けられています。
 
 
 
選手達が被害者に、夢と希望と言うパワーを与えて、楽天ファンが応援で選手達にパワーを与える。
 
 
 
それは選手達には時にプレッシャーになっただろうが、それを跳ね返して地元の東北で優勝し日本一になったのは、楽天ファンへの最大の恩返しになったと思います。
 
 
 
でもまだ東北地方は、復興途上です。
 
 
 
復興住宅で喜びの瞬間を迎えた人も多い。
 
 
 
地元東北の為に避難所や仮設住宅に何度も慰問に行き、お互いにエールを送りパワーを与えあった。
 
 
 
3年目にして日本一の悲願達成は東北地方の復興に、大きな力になると思う。
 
 
 
最近はサッカー熱に押され気味の感も否めないが、何れも郷土愛に裏打ちされた絆を感じる。
 
 
 
阪神淡路大震災の時にも、オリックス・ブルー・ウェーブ(現オリックス・バファローズ)は「がんばろうKOBE」をスローガンにワッペンを付けて、選手とファンが一丸となり優勝をした。
 
 
 
人間は、誰かの為に、誰かが応援してくれると実力以上の力が出る。
 
 
 
応援する人は、相手を励ましながらも自分も勇気をチャージ出来る。
 
 
応援される人は、相手の想いに応えながら自分の糧に変える。
 
 
 
 
 
良い言葉だよね。
 
 
がんばろう○○
 
 
 
何かに悩み、傷ついている君へ。
 
 
 
先ずは、がんばろう自分
 
 
 
元気になってくれるのを、そっと見守って応援しながら待っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
◆がんばろうKOBE スペシャルサイト 
オリックス・バファローズHPより。
 
http://www.buffaloes.co.jp/expansion/kobe/concept.html
 
 
1995年阪神・淡路大震災は起こった。 
 
神戸の街は崩壊したが、被災者は悲しみを乗り越え復興のために前向きに生きた。 
 
 
一方、震災後、練習もままならなかったオリックス・ブルーウェーブだが、「がんばろう神戸」を合言葉にユニフォームの右袖に「がんばろうKOBE」のワッペンをつけ、被災地神戸の復興のシンボルとして「優勝」という目標を掲げた。
 
 
シーズン開幕を迎えたブルーウェーブは、被災地という状況でありながら神戸での開幕戦に踏み切る。
 
そこには、神戸にとどまり、市民とともに戦おうという想いと、何よりもそんなチームを被災者である市民が応援してくれたという背景があった。
 
 
そして迎えた開幕戦、交通事情の悪さにもかかわらずグリーンスタジアム神戸(現スカイマークスタジアム)には3万人の観衆が訪れる。 
 
その応援に応えるかのように開幕戦勝利を飾ったチームはその後も快進撃を繰り広げ「優勝」という栄光を勝ち取り、市民を勇気づけた。 
 
 
1995年リーグ優勝、それは「がんばろうKOBE」という合言葉を胸に、チームとファンや市民が一丸となった結果である。
 
 
15年前を振り返ると、リーグ優勝を果たし、選手個人の輝かしい成績も残されている。 
 
「がんばろうKOBE」を合言葉に戦ったあの年。 
 
素晴らしい成績の裏には、忘れてはいけない出来事、語り継がなければいけない歴史もたくさんある。