■震災教訓、自衛隊の野外通信を強化へ…防衛省 : 巨大地震 : 特集
YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20130311-OYT1T00155.htm?from=blist
東日本大震災での教訓から、防衛省は自衛隊の通信機能を抜本的に強化する方針を固めた。
震災では被災地に派遣された部隊間で通信が寸断され、福島第一原発の事故への対応でも自治体などとの連携不足が指摘されていた。
南海トラフ地震や首都直下地震などに備え、同省は2014年度から約800億円かけて新型通信システムを導入する。
震災時、自衛隊は約10万人が動員され、被災者を救出した反面、原発事故からの被災者救出では混乱も目立った。福島県大熊町の双葉病院では自衛隊や福島県警が救出に手間取り、取り残された入院患者ら40人が死亡。
政府の事故調査・検証委員会は昨年7月、現場の陸自部隊が司令部と無線で交信できなかったことや、県警との連携不足を問題点として指摘した。
同省によると、陸自は現在、3系統の通信を運用しているが、異なる系統の無線機同士では交信できない。
震災時は活動が東北沿岸全域に広がり、系統の異なる無線が混在して互いに連絡が取れなかった。
さらに警察や消防、海・空自衛隊とも、現場で連絡を取り合うことができなかった。
(2013年3月11日07時24分 読売新聞)
★先日私のブログで3月7日に書いたばかりの内容(
部分)ですが、最近は色々な無線システムもデジタル化してしまい、私物の無線機や受信機で聴けなくなる事態になりつつあります。昔は警察無線や消防無線が、市販の受信機で傍受出来ました。
電波法では、受信内容を他人に話したり、行動に移してはいけないとなっています。
傍受自体を禁止する法律はないし、傍受自体は違法ではない。
しかし災害無線や公共無線を受信していると道路の損壊状況や火災の情報で、部隊の配置や部下の安全確保に役立ちました。
「グリコ・森永製菓、恐喝事件」の犯人が残した遺留品に無線機があった。
アマチュア無線を改造して警察無線を傍受していた。
恐らく警察無線を聞き、捜査状況や緊急配備の検問の情報も犯人に筒抜けだったと思う。
当時は県警同士の縄張り意識が強く、又連携も旨く行かずに、大阪府警、京都県警が犯人を追尾していたが、滋賀県警の失態で犯人を取り逃がして以降、事件も沈静化し時効を迎えた。
この反省から警察無線はデジタル化された。
アナログ無線は、不安定感や聞きづらくなっても多少は会話出来るが、デジタルは突然聞こえなくなる。
皆さんも携帯電話などでワンセグを見ていて突然受信出来なくなった経験はありませんか?。
*真っ暗になったり、画像がフリーズする等。
電話で相手の声が聞こえるのに相手は聞こえないみたいな雰囲気、又は逆パターンの経験がありませんか?。
これは、アナログ~デジタル変換に時間がかかるのと、変換作業が旨く出来なかった時にも表れます。
緊急地震速報や各種警報も受信側(携帯電話やテレビ本体)の性能により、秒単位で遅延があります。
また豪雨や激しい濃霧等の天候や、遮蔽物(ビルや壁など)の影響をアナログよりは受けやすい。
話を戻すと防災機関同士の連絡用周波数を増やして、災害時にはアナログ無線も復活出来る体制も必要だと思う。
災害時の消火活動や救助活動、捜索の状況はデジタル化で秘匿するより、他の防災機関の関係者や市民などにも聞いて貰う事で、有効に生かせる機会もあると思う。
それと災害専用ラジオ局を平時から整備して、災害時には大型トレーラータイプやワンボックスタイプの簡易ラジオ局を災害現場に展開して、情報難民を防ぐべきです。
*県庁単位。
毎回の事だが、必要とする情報が被災者に伝わらない。
出来れば県庁や市役所などの現地対策本部にもブースを作り、連携をした速報が出来る体制も構築したい。
AMラジオでは広域な情報や避難所の状況などを、FMラジオでは地域内の限定的な警報や情報など、それぞれの無線特性を生かした放送などの着目も必要だと思う。
事前に準備や免許交付しておかないと間に合わない。
東日本大震災でも幾つかの災害FMラジオ局がある(あった)が、運用開始まで1週間程度かかっており、災害初期の混乱期に被災者は情報不足だった。
携帯電話も有効だが、電池のバッテリーが心配で、消費しきれば緊急電話やメールも出来ない。
カードタイプでボタン型電池のラジオを安価に売り出して、国民のラジオ携帯率が上がって欲しい。
グリコ・森永事件 - Wikipediaより。http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BB%E6%A3%AE%E6%B0%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6#section_6
グリコ・森永事件(グリコ・もりながじ けん)は、1984年(昭和59年)と1985年(昭和60年)に、京阪神を舞台として食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件である。
警察庁広域重要指定114 号事件。
犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、かい人21面相事件などとも呼ぶ。