最近、普通に思い出話として喋ってることが

古い時代の昔話になっている…かもしれない

ってことに、ふと気づいた。

 

子供の頃にお爺さんからいろんな話を聞いた

ものだが、遠い遠い昔のことで想像すらでき

ないような気がしていたもんだ。

 

 

時は流れ、ついにその立場が逆転した。

いつのまにか自分が「お爺さんの話」をして

いる。

 

若い気持ちを持ち続けることも大事だが、一

方でこんなふうに自分を客観視することもあ

っていい。

 

だから老け込む…という心配は一切無用だ。

祖父と自分では二世代の差があるし、今の爺

さん婆さんは事実元気で身体的にも若い。

 

 

 

包むということ

子供の頃、粉薬が多く一服分ずつ紙で包まれ

ていた。病院で調剤し包んでいたのだろう。

富山の置き薬など既成薬は機械折り?された

赤い薬包紙だった。

 

丸薬は「熊の胆」など苦いのが多く、オブラ

ートに包んで嚥むのが普通に見られた。

いまでは「オブラートに包んだような…」と

いう慣用句がけが残っている。

 

若い世代、言葉は使ってもオブラートそのも

のは知るまい。

 

現代、粉薬の多くはカプセルに入り、丸薬は

錠剤と名を変え、甘さで包まれた糖衣錠にな

ったりして、しかも瓶詰めである。

 

もはや薬の包みを見ることもなくなった。

富山の薬売りのオマケの紙風船、懐かしい。

 

薬に限らず「包む」のは日本の文化だ。

 

「いくらぐらい包む?」

いまや熨斗袋に包まず封筒に突っ込んでも、

お金には包むという言葉が残っている。

 

心付けも半紙やチリ紙に包むのが常識で、西

洋のチップのようにむき出しで、すぐに額も

わかる状態で渡すのは、非常識で文化度が低

く感じられる。

 

額もオブラートで包んでいるようだ。

子供のお年玉だって裸で渡すことはない。

 

そう言やあ、最近はお盆玉まである。

世代の差がとても大きな時代を生きている。