改めて感傷・・・ | 年頃息子との正しい付き合い方

年頃息子との正しい付き合い方

思春期を迎え、何かと大人になって行く息子との接し方決定版(笑)

昨年を振り返り、今年改めた事。


僕は縁起を担ぐ方ではない。

でも気になった事は変える。

例えば、煙草を変えた。

以前はMarlboroだったものをLUCKYSTRIKEにした。

或いはコロンも変えた。

これは整然とした理由の元に変えた訳じゃない。

自分の中にある何となしに感じた違和感みたいな理由。

何かに遭遇した時に、「あれを変えたから良かったんだ!」みたいな

自己マン?ってもん。

で、逆効果だった場合はどーするか?と言うと・・・

変えたモノを責めるでなく、また別のニューアイテムを増やす(笑)

変えた事によるマイナスはカウントしないのにひひ

これぞ前向きグッド!って考えてる。

余談でしたパー


今日は何故か爽やかな気分で起床した時計

何でだろう??不明だ・・・

でも全然辛くもなく、「そりゃー!」って感じでベッドから出れた。

そして朝のルーチンをこなし、家を出て、いつもはやらないのに

東名手前にある、ドライブスルーのスターバックスでトールラテを

買い、綺麗な富士山を前方に眺め、車内でミスチルを熱唱カラオケしながら

出社したビル

その車中、改めて感傷に浸る・・・

それは、子供達に野球を教える事もなくなるなぁーと言う想い。

オサが辞め、僕が辞め、せきYも社会人を機に居なくなる。

勝手に3大カリスマと称し(せきYはまだ準カリスマ)、色んな環境で

野球指導をした。

議論あり、試行錯誤あり、協力して勝利をもぎ取ったりetc・・・

野球をベンチから動かす事の楽しさを知った。

そして全身全霊を傾けたと言ってもいい位、指導者として没頭した。

それが子供達の為になるって信念を持って・・・

今考えると、本気で指導してたなぁ~って思うね。

ホントに魂込めて教えたのは一年間だけだったけど、あん時は

「仕事と指導とどっちが本職なんだ?」って言う位にのめり込んでた。

子供に勝つ喜び、協力する大切さ、辛さの先にある満足感等々・・・

「とにかくやっとけ!間違いないから」って感じだったね。

面と向かって「俺を信じろ、俺に教わったんだから大丈夫!」なんて

普通言わないよね(笑)

でもあの時はそれに何の違和感も感じなかったし、本心から

そー思ってた。

実際、僕の中で絶対大丈夫ってだけの事を教えて来たし、子供達も

理解してくれてたし、妙な連帯感?があった。

今じゃ「懐かしいなぁ~」って思えるけど、このブログを始めた頃に

引退して、暫く抜け殻みたいな状態だったっけ。

改めて振り返ると充実した時間を過ごしたな・・・と。

きっとそんな想いが僕を爽やかに起床させたんだろうべーっだ!

ちょっと感傷的な気分と爽快な気分のない交ぜな朝でした晴れ

     ひ