『つまらないことに苦しまない』
長崎県壱岐市の無人島、辰の島の海の画像です。日が当たらない場所が暗いからこそ、日が当たっているの場所が輝き、エメラルドグリーンの色を綺麗に見せてくれていました。濃淡がありとても幻想的でした。~
”暑いの反対は寒い。明るいの反対は暗い。大きいの反対は小さい。これらは相対的観念を使った一種の言葉遊びだ。現実もこれと同じだと思ってはいけない。
たとえば‘’暑い’’は‘’寒い’’に対立しているのではないということだ。この両者は、ある現象が自分に感じられる程度の差をわかりやすく表現しているに過ぎない。
それなのに、現実もこのように対立していると思い込んでしまうと、ちょっとした手数の多さが困難や苦労となり、ささいな変化が大きな苦しみとなり、たんなる距離が、疎遠や絶縁につながってしまう。
そして多くの悩みは、この程度の差に気づかない人々の不平不満なのである。”
超訳 ニーチェの言葉
フリードリヒ・ニーチェ 著
白取晴彦 訳
言葉には対義語があるように、自分の気持ちはどちらなんだろうと、どちらかに当てはめていたように思います。
白黒はっきりさせるよりも、グレーでいる考え方が良いと、昔何かで見たことがありました。
その頃はグレーと言えば中途半端なイメージがあり、自分の意見がないような気がしていました。又、グレーと聞くとグレーな仕事、グレーな関係などの曖昧なイメージがあり、グレーに対して良い印象がなく、グレーでいる考え方が良いとすることに、納得出来ずにいた記憶があります。
今は昔に比べグレーでいる考え方が出来るようになってきたと思います。
なぜそう思えたかというと、同じことを体験しても人によって捉え方が違うということに気が付いたからです。
例えば、友達の家に行って手作りケーキを出された時…
ケーキを出した人は、食べてくれたら白、食べなかったら黒となります。
ケーキを出された人は、本当は食べたくない、食べられない理由があったとしても、せっかく作ってくれたのだから食べる。とすると食べることは黒となります。
食べたくない理由としては、ご飯を食べてきたばかりだからお腹がいっぱい、甘いものが苦手、ダイエットをしている、小麦アレルギーがある、潔癖症である等理由は色々あると思います。
そう考えると白と黒で分けてしまうのは間違いではないかと思うからです。
また飲茶さんの書いた『正義の教室』を読んだことで、自分を縛っている考え方がほどけたように思います。
人によって正義は違うのだからこそ、中庸の考え方は必要であると思います。
何か自分は人と違うな…など悩んでいる人は一度読んでみることをおすすめします。なんだ、そっか、と腑に落ち、心が軽くなるのではないかと思います。

