表題、訳分かんねーなーと思いつつ、今日もブログを書く。

シヴィライゼーションについて話をしたいんですよ。シヴィライゼーション。。。

 

 

 

 

sid meiyerって天才かも知れないけど、その分、ちょっと人の気持ちが分からないサイコパスというか、若干、プレイヤーをなめてる部分があると思うんですよね、実際。

 

ゲームデザイナーさんたちは、我々ユーザーが少しでも楽しみやすいよう、色々な努力を行ってるのですが、ことこの『Civ6』に関してはやり過ぎです。

 

Civシリーズ初見さんの為に、ざっとこのゲームを説明すると「世界史上に実在した文明から一つを選び、その文明に所属する都市を何とかして増やしつつ、最終的に世界の覇権を狙う」・・・みたいなゲームです、はい。

ゲーム内でものすごい量のパラメータを管理しなければならず、うなぎはこのゲームの最高難易度の一つ下までしかクリアできません・・・。

いや、言いたいのは難しすぎるということではなく、ゲーム内の市民の「態度」なんですね。

 

あれは何ターン目だってでしょうか(遠い目)

それまで「なんかこいつ態度わるいな・・・」と思っていた隣国が突如として我がスウェーデンに侵攻してきて、砂漠の嵐にやられて、あっという間に撤退していったのは・・・。

それから百年ほど経って。

もう一回、今度はこちらから攻め込んでみたわけです。

そしたら、相手の都市が取れてしまって・・・。

で、そいつらが反乱を起こしている←今ココ

 

我がスウェーデンの国土の全体図としては、上側(北側)に行くにつれて、徐々に他国の領土に近くなる立地です。

で、上側(北側)にある二つの都市が問題なんですが、こちら、敵から奪った都市になります。その為、常に反乱が起こりそうなんですね。

ええ。

もう一度言います。この都市どもは、降伏してきて、我が国に正式に編入が認められたにも関らず、もう一度反乱を起こそうとしているのです。

その理由が、「快適性=娯楽が少ないから」とかいう、笑っちゃうような話な訳です。

 

以上です。表題における「死ね」の一言は、もっと早く発せられるべきでした。たぶん、敵(市民)が降伏してきた瞬間だったかもしれません。。。

 

いずれにしても、市民は娯楽を求め、快適性を求めます。快適性は、娯楽施設の開発と近隣にある都市からの援助(パンとサーカスと呼ばれる、いわゆるお祭りの開催)および高級品(真珠とかトリュフとか・・・)の支給によって成り立っています。

この「快適性」が異常に低くなっているのが、現在の我が国なんですが、ちょっと納得がいきません。

 

戦後すぐの頃って、そんな娯楽って気になります?

とりあえず生き残れたことに感謝しつつ、明日をどう生き抜くかを考えるんじゃないんですか?

いや、もちろん、戦後何十年も経ってから生まれたうなぎみたいなヒヨワな奴が娯楽少なくてキレるのは分かりますよ?

でも、この人たちって、数ターン前まで命のやり取りしてて、なんなら、その中で我が国指定の宗教であるカトリックに、戦中であるにも関わらず改宗してきたくらいには、ある意味「強い」人たちな訳です。

なのに、ちょっとトリュフ食えないからって、反乱は無いだろうよ(キレ寸)

 

人間の幸福度に関する研究って、なかなか進んでないのですね。なぜそう思うのかというと「相対的はく奪」とか、「インセル」とか、七面倒くさい単語出さなくても、自分の現在の状況見れば分かるじゃないですか。

過去の幸福曲線がもし描けるなら、今現在って、大概底の底なんですよね。

これってなんでかというと、「過去は美化されやすいから」これに尽きると思うんです。

 

人間の記憶って、簡単に改ざん・ねつ造が可能で、結構記憶って書き換えられやすいモノな訳です。

 

『戦場でワルツを』って映画があります。

 

 

 

 

これは、イスラエルの元兵士の体験談を基に作られた物語なんですが、主人公は、実は記憶を一部失っています。

その失った記憶を取り戻すため、彼は自分の隊に所属していたメンバーを探し出して、インタビュー調査を行っていきます。

すると、自分の記憶の中の食い違いや、証言者同士で意見の相違が見られることに気付くわけです。

 

 

☆以下ネタばれ注意☆

 

 

実は、彼はパレスチナでの作戦行動中に、直接手を下したわけではないが、虐殺の片棒を担ぐような任務に参加していて、その事実を忘れる為に記憶を封印していたのです。

 

 

☆以上ネタバレ終わり☆

 

 

その記憶が、どこまで正確なのかは分かりませんが、如何せん、自分の記憶でも簡単に書き換えれてしまうことがあります。

自分の行った行為が、大きな損害をもたらしていても「なかった」と言える。

実際には、そんなに酷くない過去でも、結構簡単に地獄の日々に変わってしまう。

自分で自分を守るために、都合の良い記憶へと、脳と体は簡単に記憶を改ざんしてしまう。

 

これが、たぶん「今現在は底の底。過去にしか栄光は無い」と考えてしまう理由なんですね。それが集団レベルで発生すれば叛乱や暴動に、個人レベルならうつ病やヒステリーになる。

そんな風に考えれば、なんとなく、この市民たちの怒りも分からなくもないです。

 

でも、まぁ、反乱起こしたら殲滅するんですけどね。

 

いずれにしても、最大の娯楽は、実は記憶なのかも知れません。

これほどお金が掛からない趣味って珍しいですね。

生きていれば、自動的に手に入る娯楽な訳ですし、正解や勝ち負けが存在しない分、ある意味「優しい」娯楽でもあります。

 

というか「優しすぎる」娯楽でもあります。

 

過去の記憶って、自分では正確に描写できず、確証性も低いって話は先ほどしました。

過去は簡単に書き換えられてしまう。歴史に正解など存在しない。人間の記憶は、常に変化して、世界を作り変えている・・・。

これらの事実をつなぎ合わせると、「優しさ」とは、すなわち終わりのない闘いであることに気付きます。

正解の歴史など無いのなら、どれが正しいのかはっきりさせる為、最後の一瞬まで過去の記憶同士で戦い続ける必要があります。

だって、その戦いが終わる瞬間が優しさが終わる瞬間だから。

 

civの市民はAIなので、そこまでの感情は持っていないのですが、現実の世界でも似たような戦いは存在しています。

未だに歴史認識で和解できない国も多いですし、これが個人レベルになると、もっと悲惨かつ陰鬱な戦いになります。

過去のトラウマや怒りに縛られたまま、人生を終える人のなんと多いことか。

その原因は、過去の歴史の不確実さにあります。

なのでAIが必要になるのですが、今度はきっと、データの閾値設定でもめるのでしょうね、たぶん・・・。

 

過去の積み重ねと、その重みについて、自動セーブ機能さえあれば簡単に過去など書き換えられます(ニッコリ)

そんな気分にさせてくれる、なかなか面白いゲーム。

Civilization6。

皆様もぜひプレイしてみてください。