記憶、経験その他が積み重なった物が水だとして

それを入れておく容器が自分というものだとして

私の水はどれだけあるのだろうかね

容量もそうだけど



人と比べる事が正解だとは思わないけど比べずにはいられないのも人ってもんだろう

狭い世界で生きてきました

私の世界の外側の世界はとても広く、ちっぽけなお椀が浮かぶには波が高過ぎる



まだ水を吸ってくれるスポンジは残っているかな

それにちゃんと水をやらねば

自分と違う個体が自分と違う経験してるのは当たり前だけどすごく羨ましく思う事がある

隣の芝生は青いというヤツか?

なんか違う気がしなくもないけれどw

左隣の芝生も右隣の芝生もその隣も、見出したら止まらない

けど余所見してばっかりじゃ自分の芝生が枯れてしまう訳だ

やっぱりそこにも水をあげなきゃならない



色んな経験をしたい

行った事のない場所に行くとかした事のない事をするとか聞いた事のない音楽を聞くとか観た事のない映像を観るとか

自分に何ができるか判らないけれど、ぼんやりと思うやりたい事ができるかも判らないけれど、まずは自分を大きくする事が重要だと思いたい

それに必要なのは自分自身だ

そんで、いつの間にか隣の芝生とくっついちゃったりして、仲良くなればまた違う見方と違う経験ができるかもとか思ったりしてさw



もっと真剣に生きようと思う

今よりもっともっと

貪欲に求める事は悪い事じゃない筈だ

誰に申し訳なく思う事もない筈だ

こういう思いがいつか私を阻害する