過去記事を再投稿しております。





独身時代に勤めていた職場に、1歳上の先輩がいた。


彼は私の昔の恋人「アッシー」と偶然にも下の名前が同じで、私は混同を控えるために彼を「あっちゃん」と呼んでいた。


彼は既に故人なので、その名誉のため、私との関係は明言しないほうが良いだろうと思う。


しかしこうして「明言を避ける。」と表現することによって、暗に私たちの関係性を示唆しているのだから、非常にあくどい書き方だと思う。


彼は当時28歳で、3歳上の奥様と2歳になる男の子がいて、いわゆる新婚さんだった。


彼の奥様は建設会社のお嬢さんで、彼はいつも奥様のご実家から、自身の給与の低さや、釣り合わない身の程のことなどを、とやかく指摘されるんだ。と言っていた。


彼は冬場に北陸へ出張に出掛けて行き、仕事を終えて夜半過ぎまで酒を飲み就寝したが、翌朝、起きてこなかった。


時間になっても彼がホテルのロビーに現れないことを不審に思った同僚が部屋を訪ねたが、既に手遅れだった。


すぐに職場に連絡があり、私は50代の男性上司から「梶田(仮名)死んだって。」と聞かされた。


私はしばらく、なんのことか分からずにぼんやりしていたが、次第に手の指の震えを感じ始めた。


2日後、葬儀会場に行くと、20代の人間の葬儀とは、こんなに人が集まるものだろうかと疑うくらいの大勢の人がいた。


きっと私が死んでも、知り合いは誰一人やって来ないだろう。


そもそも知り合いがいない。


そしてそもそも葬式自体、やってもらえるかも定かではない。


今は家庭があるので、夫や子供くらいは参列してくれるだろうか。しかしそれも定かではない。


椅子に腰掛けて待機していると、奥様のご友人と思われる女性が「大丈夫?」と心配そうに奥様の様子をうかがっているのが聞こえた。


奥様は「うんうん。波があるからね。今はだいぶいい。」と答えていた。


私はどうしても奥様の顔を見ることができず、ずっと、あさっての方向を眺めていた。


葬儀が始まり、私と同僚男性の前列には、ご親戚と思われるお婆さん3人組が並んだ。


たが、あろうことか彼女たちは葬儀中ひっきりなしに「この式が終わったら蕎麦屋へ食事に行くか、それとも天ぷらの店にするか。」というのを話し合っていた。


話はなかなかまとまらないようで、私は結局最後まで、彼女たちが昼食を蕎麦にしたのか天ぷらにしたのかを知ることはなかった。


一体この人たちは、ここへなにをしに来たのだろうと、怒りすら覚えないものの半分呆れながらそれを見ていたが、後日、上司に「あの婆さんたち、式の間ずっと、昼飯をなににするか相談してたんですよ。」と愚痴を言うと、「あれくらいの歳になると、他人が死ぬのは電子レンジが壊れるのと同程度のことですよ。」と言うので、そんなものかと妙に納得した。



焼香の際には、2歳の坊っちゃんが唐突に、「ねぇ、なんでパパ、あそこに寝てるの?」と無邪気な声で奥様に尋ねていた。


「ねぇ、なんでパパ起きないの?」

「ねぇ、なんでパパあそこにいるの?」と何度も不思議そうに聞くので、会場中のすすり泣きを誘った。


ある人は、「とても見ていられない。きつい。」と言って、会場の外へ出て行った。


棺桶にお花を入れる時、彼の顔を見た。


もともと浅黒い健康的な肌の色をしている人だったが、お棺の中の彼は土気色だった。


その顔や手の色を見て、漠然と、彼はもう動かないんだな。と思った。


肩のそばにお花を置きながら「また会えるよね。」と小声で話し掛けた。


もちろん、会える根拠なんてどこにもないのだけれど、気がつけば口を突いてそんな言葉が出ていた。


出棺の時には、それまでずっと感情を堪えていた奥様がついに泣き出した。


「(夫を)返して。返して。」と言いながら大声で泣くので、いたたまれなかった。


私は、一緒に来ていた職場の人たちに、お先に失礼しますと断って、会場をあとにした。


職場の人たちの中には、その時付き合っていた彼氏も混ざっており、家まで送るよと言ってくれたのだけれど、私は一人で帰りたいからと言って、そそくさと逃げるように帰った。


帰り道、コンビニに寄った。


私は当時独り暮らしだったので、すぐに食べられる物でも買って帰ろうと思ったのだ。


店内のガラスケースの中の飲み物を手に取ろうとした時、ふいに涙が溢れてきた。


自分でも予測が付かなかった。


あらら。という感じだった。


手に抱えていた商品がボトボトと下に落ち、そばにいたサラリーマン風の男性が、大丈夫ですか?と言って、私が落とした物を残らず拾ってくださった。


私はお礼を言い、なんとか会計を済ませて外に出た。


自宅に着くまで、身体の震えは止まらなかった。


ガタガタと小刻みに震える自分をどうやっても止められず、やるせない思いでいっぱいだった。


鞄から自宅の鍵を取り出し、なかなか鍵穴に刺し込めずに手間取る腕を必死で押さえながら、ああ。「どうしようもないこと。」というのは、こういうことなんだな。と思った。