やっと仕事もひと段落したので久々に書き殴ろうと思います。

不変ということは良いことでも悪いことでも両方意味のあるものだと思いますが、
このブログに関しては「悪いこと」です。

1ヶ月前程前に友達にある言葉を言われました。
「胸がなくなったって、髭が生えたって、私の中では変わらないよ」
(まぁ、かなり要約しましたが)かなりショックでした。

注射をして3年?胸を取って、内摘して。乳頭縮小も予定して。
文章にしてしまえば1行程度のものですが、その中には色々な葛藤や、
もちろん精神面以外で金銭的な負担などあり、不幸自慢ではないですが、
簡単に全てが上手くいったわけではありません。(後悔は一切していませんが)

それ以外でもパス度の低さから筋トレしたり、努力出来るところはしたり、
自分だけに限らず、他の人もしていることでしょう。
つまり、トランスする、性別移行をするということは見た目を変えるという認識です。
友達の発言はその見た目を全て否定したかのように聞こえました。

そういう意味で言ったのではないかもしれません。
自分の受け取りかたがひねくれているのかもしれません。

それでも、それでも、ショックでした。

今はほとんど第一印象で元の性別に見られることはありません。
それは世間様がおまけをしてくれているのかもしれません。
女には見えない、だから男だという二元論解釈かもしれません。

ぼくはその友達に上手く説明する自信がありません、きっと悪気はないのですから。
悪気がないからいいのかという問題の話はしていません。

シス(性別違和のない人)とトランス(性別違和がある人)との溝はここなのでしょうか。

言われてから、ずっとずっと引っかかっている何か。
何も変わらないという言葉は時に凶器であり、それに対しての答えは出そうにありません。
久々にやっと書きたいことが出来ました。

ぼくはよくFTMやMTFの方のブログを拝見させていただいていますが、
その中に「正式に性同一性障害と診断されました」と記載している方が、
比較的多くお見受けします。

正式に…ってなんでしょうか?

精神科医に診断されたから、「正式」にという単語を使用しているのでしょうか。
正式とは「定められた正しい方式や、簡略化しない本来の形式に従っていること。また、そのさま。」です。
上記の「正式」という言葉に、違和感、いや、謎なのです。

以前の日記で書かせていただいたことを復唱しますが、
そもそもトランスは自分自身で判断してすることです。
医者に反対されたところで止めることが果たして出来るのでしょうか?
ほとんどの方が「止めない、出来ない」と返答されるのでは予想できないでしょうか。
ぼく自身の答えは「誰に止められても絶対止めない」です。

この問題は「うつ」と似ていると感じました。

うつ病も「正式に診断されていなければ…」このような文言で始まるのを目にします。
しかし、うつの場合、投薬の効果も大きく、一人で悩まず早く受診することが一般的には勧められています。
それは医療という機能の役割が大きいからではないでしょうか。

ホルモン注射や錠剤処方は行為だけみれば医療行為に該当します。
医療行為の3条件というものがありまして、
医師が行う行為が医療行為とみなされるためには、以下の要件をみたさなければいけません。
1.治療を目的としていること
2.承認された方法で行われていること
3.患者本人の承諾があること
上記なのですが、トランスする場合、本人の承諾と金さえあればすることが可能です。
美容整形も国家免許を持った医師が行うため医療行為に該当します。

つまり、二重にしたい!でも手術、治療になり、医療行為ですよね。
このあたりがGIDの病理化に大きく関わってる気(個人的な考えです)もします。
あとは日本の医師の権力、影響力の大きさでしょうか。
(専門家なので影響力があるのは理解できますが…)

と、自分なりに色々考察しましたが、やっぱり「正式に」の謎は解けません。
難しいことが世の中には多くございますね、キリがないので切り上げます。

最後にGIDを病気、障害を前面に押し出してくる当事者の印象は「楽をしたい」です。
そうですね、風邪だったり、怪我だったり、しんどかったら許容されることが増えますよね。
ぼくも病気でしんどい人にきつくは申し上げません。
GIDの場合それが一生続くんですものね?一生楽できますよね。
どう捉えるか、生きていくかは人それぞれですが、今一度お考えあそばせ。

出来ることは、しておいたほうが、生きていくには楽になりますよ。では。
近年色々な言葉が飛び交ってまして、このタイトルのXジェンダーもそうですよね。
最近twitter上で議論されていたので、ちょっと自分なりに考察したいと思います。

そもそも事の始まりはTogetterという、つぶやきでやり取りしているまとめを読んだことでした。

そこには当初Xジェンダーを持ってる当事者がいない中(ぼくはそう思ってた)で、
議論が交わされていました。議論の中で異論を唱えてましたね。
それぞれの主張は理解出来たのですが、そのやり取りを見て何かひっかかるものを感じました。
何かを置き去りにしているようにも感じました。

そのやり取りは「Xジェンダーは医者に何を求めてるのだ」というものでした。

まず個人的な意見を申し上げておきますが、
ぼくは医者(医療)はパートナーとして付き合えばいいと思っています。
そればぼくがトランスセクシュアルであり、身体的手術を望んでいるのに対し、
医者(医療)の協力をなく、手術が出来ないからです。
ですが、医者にしろと言われてもするものでもありません。
自分が望んですることです、でも協力なくはできない。そういうことです。

最初のTogetterの話に戻りますが、Xジェンダーは病理化の道を進んでいる。
そもそもX(不明)が医者に何を判断してもらうのだと。
その主張をされた方の意図はぼくには理解は出来ました。
概ね、賛成というか、見解は一緒です。

ただ、それが当事者(Xと名乗る)とのやり取りでの質疑応答ではなかったということです。
それに対して、残念だと思いました。とても意義のある議論だからです。

ですが、その後X当事者とTogetterで異論を唱えた人との議論が始まりました。
そのやり取りはとても意義のあるものだと、個人的に思いました。
はい、おしまい。一見落着?

実はこれからです、本当にぼくが主張したいことは。

あるMTF(と自称されてるから)が「Xなんて男女二元論だと思い込んでいる人が名乗る」
すごく凝縮させていただいてるので、これが総意ではない前提に読んでいただきたい。

もっと色々自論を展開されてるのですが、この方の主張にも異論はほとんどありません。
Xとはトランスジェンダーに含まれるのだと。そうですね、TGは広義ですから。

じゃあ何が問題かって、あのですね、釣った魚を与えんなってことです。

上記の方もそうですが、トランスするのに葛藤したわけじゃないですか。
色んな経験をして、色んなものを失って、得て。
何年、何十年とかかって確立させたものじゃないですか。
それをね「医者なんて悪だし、いらねーから、行くなよ。つか、何で行くの?」って、
相談されたワケでもないのに正解だ!と主張するのは釣った魚与えてるのと一緒ですよね?

何故考えさせようとしないのだろうか、行動して初めて気づく過ちも沢山あるわけです。
先人が意見を言うなというわけではありません、先人だからこそタイミングを大事にして下さい。
1回やってみてもいいじゃないですか、それで気づけばいいじゃないですか。
釣った魚を刺身にして与えても、味がよくわからず食べれば、それは価値のないものなのです。

結局○○とか言うなら、議論の意義が失われるので最後まで主張は貫いてくださいね。
何でもかんでも「欧米では~」とか、諸外国ではとか、
そういうものにいちいち当てはめるのもいかがなものでしょうか。

だって、何でも、最初から上手くできる人なんていないでしょ?
それに時代は流れているのです、新しい言葉が出来るのは自然なことなのでは。

自分たちが何年、何十年と葛藤して得たものですから。
どうぞ、迷える若者(トランス葛藤初心者)たちを、時には無言で見守ることも
先人たちには、もどかしく思えるかもしれませんが見守っていただきたいとお願い申し上げます。