「一過性健忘か」by藤堂院長
「はい。2分程度で治ったんですけど、念のため検査してもらいました。」byミヤビ先生
「原因は何だったんですか?」by津幡師長
「そのことでちょっとご報告があって」byミヤビ先生
「で今は大丈夫なの?」by津幡師長
「今のところは問題ありません。」byミヤビ先生

「あっ、ただこの先、もしも仕事に差し支えるようなことがあったら、そのときはご相談させてください。」byミヤビ先生

「あぁ…いやもちろん。」by藤堂院長


「右前頭葉にグリオブラストーマという腫瘍が再発しています。あの関東医大の結城先生にも確認したんですけど、既に手術は2回されていると聞きました。」byミヤビ先生

「放射線治療と化学療法もしていただきました。」by芳美

「できる治療は全てやってこられたと聞いてます。」byミヤビ先生

「もう、あの本人も覚悟はしてます。」by芳美

「このまま僕たちのほうで診ていこうと思います。」by三瓶先生

「あの麻酔ですが抗てんかん薬の効果が安定するまで続けますね。」by成増先生

「あの…。夫はあとどれぐらい生きられますか?」by芳美

「腫瘍の成長速度にもよるんですけど、大体3か月から半年ぐらいだと思います。」byミヤビ先生


「在宅に切り替えられる可能性も検討しときますね。」byミヤビ先生


「三瓶先生。先日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。」byミヤビ先生

「いや。どんな治療があるのかいろいろな可能性を探りたいと思ってます。」by三瓶先生

「三瓶先生。あっ、あの、ほんとありがとうございます。可能性があったとしても手術はしないつもりです。成功率の低い手術に懸けるよりも、最後まで医者として患者さんを診たいので。診察の準備してきます。」byミヤビ先生


「いいっすか?お前昼飯食べろよ。どっちがいい?」by星前先生

「ちょっと待ってください。」by三瓶先生

「何?練習してんの?えっ細っ!何この細い針と糸。こんなもん使う患者さんいんの?」by星前先生

「川内先生の記憶障害の原因がわかりました。」by三瓶先生

「えっ、それなのに何でお前練習してんの?ノーマンズランドの血管だろ?触っちゃだめでしょ。」by星前

「わかってます。」by三瓶先生

「いくらなんでも危険すぎるから。」by星前先生

「わかってます。」by三瓶先生


「えっ、これって大迫教授逮捕されちゃうの?」by成増先生

「何か聞いてる?」by星前先生

「まだ逮捕はされてないよ、取り調べ中らしいから。」by綾野先生


「業務の区切りがついたら辞めることになったよ。申し訳なかった、君にも迷惑かけて。」by大迫教授

「びっくりしましたし、失望もしてます。でも大迫教授がやろうとしていたこともわかります。それに、私も謝らなきゃいけないことがあるんです。」「ミヤビちゃんに大迫教授は隠してることがあると私が言ってしまいました。申し訳ありません。」by麻衣

「いや、そもそも君に無理なお願いをした僕が悪いよ。あぁ〜そうだ。この子たちいくつかもらってくれないかな?さすがに1人じゃみんなを連れて帰れなくて。」by大迫教授

「わかりました。この子元気になりましたね。」「ミヤビちゃん大丈夫なんでしょうか?発作を起こしたって聞いて。」by麻衣


「ちょっと失礼しますね。目を閉じていただいて両手をこのままの位置で止めてください。離しますね。うん、目開けてください。」byミヤビ先生

「てんかん発作の後遺症で左手にまひが残ってます。」by三瓶先生

「満身創痍だな、ははっ。」by柏木周作

「ふふふふっ。でも右手使えるんだから絵、描けるじゃん。」by芳美

「まひも軽いので自然回復すると思います。」byミヤビ先生


「描いていただいちゃいました。」by成増先生

「あぁ〜いいですね、ははっ。」by芳美

「私もお願いしました。」byミヤビ先生

「あっそうなんですか。」by芳美

「皆さん1枚1,000円ですからね。」by森看護師

「あっこれ売店に行ったらあったから。」by周作

「うわ〜ありがとう、やった〜。」by芳美

「優しい。」by成増先生

「仲良しですよね。」byミヤビ先生

「同級生なんですよ、高校の。」by芳美

「僕が美術部でね。彼女にモデルになってくれませんかって声をかけたのがきっかけなんです。」by周作

「でも売れない絵ばかり描いて。彼女には随分苦労をかけました。ごめんな。」by周作

「ははっ。うん。ということですいません、皆さん1枚2,000円でお願いできますでしょうか。」by芳美

「もちろんです。」by成増先生

「ちょっと値上がってますね。」by森看護師

「冗談なんで絶対にやめてください。」by芳美

「川内先生がお支払いします。」by成増先生

「えっ私?」byミヤビ先生


「銀座のギャラリー紹介してくれるんだって、前田。」by周作

「えっ連絡来たの?」by芳美

「へぇ〜良かったね」by芳美

「じゃあ退院したらすぐ準備だね。」by芳美

「うん。あいつの知り合いがやってんだって。」by周作

「前田さんもそこで個展したの?」by芳美

「じゃあ前田の絵ならみんな見にくるっていうの?」by周作

「えっ。?」by芳美

「俺だって1人だったらもっといい絵が描けた。」by周作


「腫瘍の中に出血が見られました。あの白く見えるのが血液なんですけど。出血した分、腫瘍が大きくなっていて脳を圧迫しています。その影響で抑制が効かなくなって潜在意識が表に出てきてしまってるんだと思います。」by三瓶先生

「じゃあ、こう内心で思ってることが口に出てるってことですか?」by芳美

「1つの物事に対して2つのこう相反する感情が出てきちゃうのって自然なことなんですよね。で、本来抑えられてたはずの感情が出てくるのは腫瘍のせいですし…。」byミヤビ先生

「あっごめんなさい。あのべつに私、傷ついてるとかじゃなくて、あの症状をきちんと把握したくて。」by芳美

「そうだったんですね。」byミヤビ先生

「ははっ。ねぇだって今更あんなこと言われたって時間戻せるわけないんだから。全く気にしてないです。ははっ。」by芳美

「そりゃそうです。」by三瓶先生

「まあ、でも絵描きとしてああいう感情があるって言うのは、まあ当然のことだと思いますし。うん、まあ、むしろ言いたいことが言えて良かったのかも。」by芳美


「あの川内先生は本当に手術できないんですか?」by津幡師長

「残念ですが。」by大迫教授

「あの、これは私なりの理解なんでね、間違ってたら教えてもらいたいんですけど。この海馬動脈という血管が事故で損傷して、で、こう狭くなっていって血流不足になった。これが記憶障害の原因ですよね?それがもし再発して血流不足が進んでいくと最後には脳梗塞が完成して命に関わることになる。治すには、こことここを遮断して、ここの部分を切除して。こう血管をつなぐしかないと。」by藤堂院長

「そうです。ただ、その血管がノーマンズランドにあって手を出せないのが問題です。」by大迫教授

「しかも、その血管がめちゃめちゃ細いんですよね?」by藤堂院長

「0.5mm以下です。」by大迫教授

「0.5。」by藤堂院長

「0.5mm以下の手術ができる医者は世界中で一握りしかいません。君は今、手術の練習をしているそうだね。」by大迫教授

「えっそうなの?」by藤堂院長

「この先、症状が進行して脳梗塞が避けられない状況になったら、もう手術に懸けるしかないでしょ。」by三瓶先生

「彼女の血管は特殊で側副血行のないタイプだ。それがどういうことかわかるだろ。せめて側副血行があれば血流を20分遮断して手術ができるかもしれない。だがなければ、たったの2分だ。」by大迫教授

「2分?」by藤堂院長

「ノーマンズランドにある0.5mm以下の血管を2分で縫うのはいくら君でも不可能だ。」by大迫教授


「すごいよね。今更だけどさ毎日書いてるんでしょ?」by星前先生

「そうですね。」byミヤビ先生

「あっ俺が昨日風間の昼飯つまみ食いしたの見ていたよね。書いちゃった?」by星前先生

「えっ書いてないです。そんなことしたんですか?」byミヤビ先生

「じゃあ言わなきゃ良かった。」by星前先生

「ミヤビちゃんさ。今の自分の状況も書いてるんだよね?」by星前先生

「状況?」byミヤビ先生

「記憶障害のさ、ほんとの原因。」by星前先生

「う〜ん、はい。」byミヤビ先生

「あっこめん、聞いちゃった。」by星前先生

「いつも気にしてもらってるから。」byミヤビ先生

「三瓶、今、必死で練習してるよ。俺はさ、ミヤビちゃんが決めたんなら、いつでも何でも応援したいのよ。ただ気になってさ、ミヤビちゃんが今どういう気持ちなのかなって。」by星前先生

「う〜ん。手術はしないでおこうと思ってます。何回考えても、そう決断する気がするんですよね。」byミヤビ先生

「そっか。」by星前先生

「すいません、心配かけちゃって。」byミヤビ先生

「何言ってんの。」「あっでもこれは書いといてよ。星前先生が心配してくれたって。」by星前先生


〈手術はしないと決めた。もしも失敗したら三瓶先生は自分を責めてしまうから。〉byミヤビ先生


「あの川内先生。僕の分のアイスコーヒーも一緒に買ってもらえませんか?」by三瓶先生


「アイスコーヒー2つ下さい。」byミヤビ先生

「はい、あっお預かりします。トッピングは?」byカフェ店員

「抹茶パウダー。」byミヤビ先生

「抹茶パウダー?あっ抹茶パウダーさん。」byカフェ店員


「三瓶先生を見ていたら、三瓶先生が抹茶パウダー好きだったこと思い出しました。」byミヤビ先生

「す…好き?好き…ですね、好き〜好き…好きじゃないですね、好き…。」by三瓶先生

「好きじゃないですか?」byミヤビ先生

「す…好きですね。」by三瓶先生

「あっ川内先生、これ食べますか?」by三瓶先生

「あっ私これちっちゃい頃好きだったんです。」byミヤビ先生


「ごめん、うるさかった?どうした?どっか痛い?」by芳美

「似顔絵どうですか?」by周作

「あっ…えっ?」by芳美

「どうぞ、おかけください。どうぞ。」by周作


「側頭葉が圧迫されて記憶障害を起こしています。」byミヤビ先生

「もう、何も分からないってことですか?」by芳美

「意識は更に低下していくと思います。ただ、感情は最後まで残るはずです。」by三瓶先生


「きついよね。存在忘れられちゃうのは。こっちはずっと忘れられないのに。」by成増先生

「えっ?」by星前先生

「あっいや何かね、私の場合はもう相手が亡くなってるんだけどね。」by成増先生

「すいません、何か。」by星前先生

「いいの、いいの。何かさ、こう、私の中ではまだ生きてるっていうか。とっくにいないのに、ず〜っと居座ってんだよね。何だろうね、この感じ。」by成増先生

「成増先生の心ん中にいるんですね、まだ。」by星前先生

「うん」by成増先生

「脳には内側前頭前野という場所があって。自分と他人を区別する場所なんですけど、大切な人や恋人に関しては区別しなくなるという報告があります。つまり、その人のことを自分のように感じてしまうんです。」by三瓶先生

「彼と私が一緒になって、で、内側前頭前野にいるってこと?」by成増先生

「そういうことです。」by三瓶先生

「ふ〜ん。そりゃ追い出せないわ、ふふっ。」by成増先生


「周ちゃん、来たよ。よいしょ。おっおいしそうじゃん、ははっ。体調どう?おいしい?」by芳美


「脳の病気って何なんでしょうね。だって私のこと忘れて、大切な親友のことも忘れて、最後なんて、もう全部、頭からなくなっちゃうんですよ。う〜ん。」by芳美


「眠っている時間が長くなってきています。」「名前を呼んでも起きないし。ご飯も食べません。」by森看護師

「意識レベルをこまめに確認するようにしてもらえるかな。」 byミヤビ先生


 キーン…


「あっミヤビ先生、あの510号室の村上さんなんですけど。どうかしました?」by小春看護師

「えっと村上さん?」byミヤビ先生

「はい。検査の説明をしてほしいって言われてて。」by小春看護師

「うんうん、了解です。」byミヤビ先生


「川内先生ちょっといいですか?」by風間先生

「うん、どうした?」byミヤビ先生

「あの上野さんのCTの画像見てもらいたくて。」by風間先生


〈私は何をいつまで覚えていられるのか。大切な人たちも。交わした言葉も。一緒に過ごした日々も。全てなくして。最後は…。何も残らないのだろうか。〉byミヤビ先生


「くそ!」by三瓶先生


「教授はミヤビちゃんの手術が難しいとわかったとき、他の治療法も検討されたんですよね、どんな方法ですか?」by星前先生

「確かに当時、何かないかと必死に調べたよ。ただ有効な方法は見つけられなかったし、残念だけどこれからも見つけることはできないと思う。」by大迫教授

「じゃあ、やっぱり手術しかないってことですよね。」by三瓶先生

「いや、だから、だめだって。さすがに2分じゃ縫えないでしょ。」by綾野先生

「でも、それでも諦めたくないんですよ。」by星前先生

「あのさ、教授、もうべつに隠すことじゃないですよね。」by綾野先生

「綾野君。」by大迫教授

「えっ?これ練習してるんですか?」by星前先生

「諦めたくないのは僕も一緒だよ。ただ、どうしても10分はかかってしまう。」by大迫教授

「僕は8分45秒です。」by三瓶先生

「あぁ〜さすがだね。でも、今の状態で手術をするのは川内先生を危険にさらすだけだ。それだけは、わかってほしい。」by大迫教授

「わかりました。いつから練習してたんですか?」by三瓶先生

「川内先生が事故に遭ったあとすぐからかな。」by大迫教授

「やっぱりあなたは医者でしたね。」by三瓶先生

「やっぱり君は…。生意気だ。」by大迫教授


「柏木さん、ご飯食べましょうか。スイートポテト味ですよ。」by森看護師

「こんにちは。」by芳美

「こんにちは。」by小春看護師・森看護師・ミヤビ先生

「すいません、ありがとうございます、代わります。」by芳美

「あっありがとうございます。」by小春看護師・森看護師・ミヤビ先生

「周ちゃん、遅くなりました。お待たせしました。よいしょ。みんなに注目されながら…。」by芳美

「柏木さん、奥様がいらっしゃるとご飯食べるんですよね。」by森看護婦

「そうなんですか?」by芳美

「そうですよ。私たちが言っても食べてくれないし、ずっと眠ってても、奥様がいらっしゃると目を覚ましますし。」by小春看護師

「芳美さんのことを柏木さんの心が覚えてるんですね。」byミヤビ先生


「起きた?どうしたの?」by芳美

「あの…モデルになってもらえませんか?」by周作

「はい、お願いします。ううっ…周ちゃん」by芳美


「すてきですね。」「ありがとうございます。」byミヤビ先生

「周ちゃん、すてきですねって。」by芳美


「お2人でいい時間を過ごせるといいですね。」byミヤビ先生

「そうですね。」by三瓶先生

「私。ずっと怖かったんです。このまま何も残らずに消えちゃうのが。だけど、もう大丈夫だなって。失われないものもあるんですね。」byミヤビ先生

「ミヤビちゃん、ちょっといい?」by星前先生

きーん…

「ミヤビちゃん?ミヤビちゃん。」by星前先生

「川内先生。」by三瓶先生

「ストレッチャー持ってくる。」by星前先生

 

周作さんと芳美さんの半分こ

藤堂院長と津幡師長の半分こ

芳美さんとミヤビ先生の半分こ

見える半分こ

見えないけど、色々な人が半分こしていると感じるし、半分こにはならないけど、分かち合っていること、分かち合いたいを感じる。

アンメットをみると、人はこんなにも想って(思って)くれるのかを感じる。

次回は、最終回か。寂しい。